皮肉なことに、ライアンは電話口でバーバラの近況を尋ね、夫妻の長年の結婚生活を称賛するような言葉を口にしていたという。「すべてが終わったら、ぜひ直接会いたい」と、この詐欺師は語っていた。
詐欺の実態が明らかになったとき、ラリーは、ようやくすべてが終わったと思った。だが実際には、税制や医療保険プログラムのメディケアをめぐる問題が、新たな苦難として立ちはだかった。
「巨額の税負担」に直面
ラリーとバーバラが2023年と2024年に退職金口座から引き出した資金は、合計で約130万ドル(約2億280万円)に上った。これらは税法上、通常の所得とみなされ、課税対象となったため、巨額の税負担が生じることとなった。ラリーが資金を引き出すたびに、ブローカーが連邦税の前払いとして25%を源泉徴収していたため、すでに内国歳入庁(IRS)に納付済みの税額もあった。
クック夫妻が詐欺被害者だと分かると、ラリーの会計士は被害の軽減を試みた。しかし、IRSの対応は冷淡だった。担当者はラリーに対し、「税法上、これは控除の対象となる被害には当たらない」と言い放ち、詐欺による損失の控除を認めなかった。
その理由は、税法にある。ドナルド・トランプ大統領が2017年に署名した減税・雇用法(TCJA)は、個人の災害損失や盗難損失に関する控除ルールを変更し、原則として、連邦政府が指定した災害に起因する場合に限って控除を認める内容とした。詐欺による金銭的損失は、この要件に当てはまらないと解釈された。2025年、IRSの主任法務官室は、詐欺被害者に対する盗難損失控除の扱いを明確にする覚書を公表している。
IRSは、詐欺に遭ったからといって、必ずしも税控除が認められるわけではない、という考え方を示している。重要なのは、なぜ資金を送金したのか、何を目的としていたのか、そして税法上、その出来事が「盗難」とみなされるかどうかだ。同庁の覚書は、利益を得る目的で行った取引が結果的に詐欺だった場合、事業者や個人については盗難損失控除が引き続き利用できると強調している。
だが、クック夫妻のケースはこれに当てはまらなかった。夫妻は一攫千金を狙ったのではなく、政府を「支援」し、問題の解決に協力しているつもりで行動していたためだ。
一方でIRSは、詐欺師が「自分の資金を守っている」という誤った認識を納税者に抱かせて送金させた場合には、救済が適用されるケースもあるとしている(IRSはこれを「利益目的」と解釈する)。たとえば、銀行口座が侵害されたと信じ込まされ、全資金を詐欺師が管理する新たな投資口座に移すよう誘導された場合が該当する。2025年の覚書は、このような行動は利益目的を示唆し、損失が控除対象になり得ると説明している。
当初、IRSはクック夫妻に救済は適用されないと判断した。夫妻はその後、納税者擁護官に相談し、同機関が代理として対応に当たった。最終的にIRSは、23万8000ドル(約3710万円)の税額の減免を認め、源泉徴収されていた17万6000ドル(約2750万円)を還付した。残額については、現在も結論を待っている。


