北米

2025.12.20 12:00

消えた1.5億円、「ニセの連邦捜査」で老夫婦が全財産を失った事件の真相 米国

Ruslan Huzau/Shutterstock.com

それでもラリーは疑念を拭えなかった。しかし、メールを受け取ったことを確認するために電話をかけてきた相手は、「協力しなければ、子どもたちも監査や捜査の対象になる恐れがある」と警告した。さらに相手は、その年の初めにラリーと息子の間で資金のやり取りがあったことも把握していると語った。

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その説明に、ラリーは動揺した。実際、夫妻は住み替えの合間にあった時期、息子から一時的なつなぎ融資を受けていたからだ。その際に資金のやり取りに使った金融機関がTDバンクだった。

ビットコインATMに誘導

ラリーは気が進まないまま、協力に同意した。電話の相手は、ラリーがこれからやり取りするのは政府の捜査官だと説明し、その人物を「ライアン」と呼んだうえで、捜査官番号とされる番号も伝えた。連絡は、暗号化された特別なWhatsAppの番号から来るはずだとも告げた。

翌日、そのライアンがラリーに連絡を寄越した。彼はまず、TDバンクの口座にいくら入っているのかを尋ねた。ラリーが金額を伝えると、ライアンは「電話をつないだまま」銀行へ行き、1万ドル(約156万円)を引き出すよう指示した。ラリーは言われた通りにした。するとライアンは、出金伝票と現金の写真を撮って送るよう求め、ラリーはそれにも従った。

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その後、ライアンはラリーに、車で約30分のメイン州オーガスタのビットコインATMで口座を開設するよう指示した。ラリーは不安を抱えながらも、これも実行した。ATMの写真、ウォレットの確認画面、入金記録を撮影してライアンに送ると、相手は礼を述べ、「必要だったのはまさにこれだ」と告げた。さらに、預けた資金は利息を上乗せして返還し、かかった費用も補償すると約束した。

こうした出金と入金は、その後も何度も繰り返された。舞台はメイン州だけにとどまらない。ラリーとバーバラが休暇で滞在していたフロリダ州でも、同じ指示が出された。ライアンは、夫妻の居場所を常に正確に把握しているように見えた。通り名まで把握しているかのようで、時には道順を示し、駐車場所まで指示することもあった。ラリーが「なぜ居場所が分かるのか」と尋ねると、ライアンはこう答えた。「クックさん、言ったでしょう。こちらはあなたを監視しているんです」

その後の数カ月で、ラリーは30台を超えるビットコインATMを訪れた。フロリダからメインへ飛行機で戻り、吹雪のなかで5万ドル(約780万円)を引き出したことすらあった。当座預金と普通預金が底をつくまで、時間はかからなかった。そこでラリーは、退職金口座に手を付け始めた。

出金額が膨らむにつれ、銀行の窓口担当者やラリーの資産運用アドバイザーは不審に思い、事情を問いただすようになった。ラリーは、誰がこの計画に関与しているのか分からないとも感じていた。電話の相手が、TDバンク内部の犯行を捜査している可能性があると示唆していたためだ。ラリーはアドバイザーに、「申し訳ないが、信じてほしい」とだけ伝えた。

出金が相次ぐなか、銀行の管理職の1人は、不審な取引として当局に通報すると告げた。その言葉に対し、ラリーは意外にも、『通報してください。どうか通報してください』と懇願した。だがラリーによれば、その人物は結局、通報しなかったようだ。

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翻訳=上田裕資

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