2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥さん。iPS細胞という画期的な発見に至るまでには、熾烈な競争がありました。
ヒトのiPS細胞の作製に成功し、論文を発表した日。なんと、アメリカのジェームズ・トムソン教授も、まったく同じ日に同じ内容の論文を発表していたのです。タッチの差で競争に勝った山中さんに、トムソン教授から1通のメールが届きます。
山中伸弥さんの著書『夢中が未来をつくる』(サンマーク出版)から一部抜粋、再構成してお届けします。
ライバルの研究者から届いた手紙
アメリカから帰国し、しばらくしてPAD(アメリカ帰国後うつ)──私がアメリカの研究員たちと名づけた病気──にかかり、もう研究をやめようかと悩んでいたころに飛びこんできたのが、ヒトのES細胞をつくることに成功した、というニュースでした。
ヒトのES細胞をつくることに初めて成功したのは、アメリカのウィスコンシン大学のジェームズ・トムソン教授でした。
このニュースを聞いて、私は少なからず元気を取りもどしました。それまでは、ES細胞はマウスからしかできなかったので、「もっと人間の治療に役立つような研究をしたほうがいいんじゃないか」と言われることも多かったからです。
人間のES細胞ができると、病気の治療に役立つ可能性が大きく広がります。ES細胞は体のどんな部分にもなれるので、病気などで悪くなったところにその分化した細胞を移植すれば、その病気を治すことができるかもしれません。
自分のやっている研究が無駄にならず、実際に病気を治すことにつながる可能性が出てきたわけです。
ヒトのES細胞をつくることに成功したジェームズ・トムソン教授とは、その後、不思議なつながりができました。私たちがマウスでのiPS細胞樹立を報告すると、世界中でヒトのiPS細胞をつくる熾烈な競争が始まります。そんななか私たちは、翌年にはヒトのiPS細胞をつくることに成功し、論文を発表しました。
まさに同じ日、ジェームズ・トムソン教授もまた、ヒトのiPS細胞をつくることに成功したという、同じ内容の論文を発表したのです。
トムソン教授がヒトのiPS細胞をつくるために使った4つの遺伝子のうち、2つは私たちが使った遺伝子と同じでしたが、あとの2つは別の遺伝子で実験に成功していました。つまり私たちとは違った道すじをたどって、ヒトのiPS細胞をつくることに行き着いたわけです。そのことを知り、私もまたトムソン教授にあらためて敬意を抱きました。



