しかし、ちょうどこのころに私はアメリカでの研究を打ち切って、日本に帰ってくることを決めます。
つくりかけていたマウスたちは、トムがあとで日本に送ると言ってくれました。その約束どおり、3匹の実験用マウスが送られてきたと空港から連絡があったのは、私が日本に帰ってしばらくたったころのことです。
私は仕事があって行けなかったため、代わりに妻と小さい娘とが空港に取りに行きました。当時は車を持っていなかったので、空港でマウスのカゴを受け取り、バスで帰ってきたそうですが、バスのなかでマウスがチュウチュウ鳴いて大変だったようです。
このとき届いた3匹のマウスはとてもかわいく、そのうちの2匹には、グラッドストーン研究所でボスだったトムとその奥さんのカーニーという名前をつけました。のちにこの3匹のマウスがどんどん増えて、私を困らせることになろうとは思ってもいませんでしたが……。
さて、私はそのマウスたちで、NAT1遺伝子が働かないノックアウトマウスをつくりはじめました。ところが、また予想もしない結果になったのです。
万能細胞そのものを研究の対象に
NAT1遺伝子が働かないマウスをつくろうとしても、すべてお母さんマウスのおなかで死んでしまって生まれてきませんでした。NAT1遺伝子は、マウスが生まれてくるために必要な遺伝子だったのです。
しかたがないので、NAT1遺伝子をつぶしたES細胞を培養することにしました。すると、ふつうのES細胞と同じように数はどんどん増えるのですが、その一方で体のさまざまな細胞に変化することができなくなっていました。
体のさまざまな細胞に変化することを「分化多能性」と言いますが、NAT1遺伝子は分化多能性に大きく関わっていたのです。これもまた、実験を通して初めてわかった驚きの結果でした。
このことを知って、私はES細胞そのものに大きな興味を抱くようになりました。それまでは遺伝子改変マウスをつくるための道具としてES細胞を使っていたのですが、ES細胞そのものを研究してみたいという気持ちになっていったのです。
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