2002年にIntuitive Surgicalを離れ、初期段階にある医療技術の開発に専念
ただし、こうした成長の大半にモルが立ち会っていたわけではない。Intuitive SurgicalのCEOを務めていた彼は、2002年に同社を離れ、再び起業の道を選んだ。同年に立ち上げたのが、血管系の手技向けロボットを開発するHansen Medicalだ。2007年には肺がんの診断を目的としたロボット支援システムを開発するAuris Healthを共同創業した。Aurisは事業拡大の過程でHansenを8000万ドル(約124億円)で買収する。2019年、Auris自体が医療関連大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)に買収された。取引額は現金34億ドル(約5270億円)に加え、商業化や規制上のマイルストーン達成に応じて最大23億5000万ドル(約3643億円)が追加で支払われる条件だった。
この買収をめぐっては、その後、J&Jがマイルストーン達成に十分取り組まなかったとして対立が生じ、訴訟に発展した。2024年には、デラウェア州衡平裁判所が合併契約違反を認定し、J&Jに10億ドル(約1550億円)超の支払いを命じている。モルは買収後、数年間J&Jで最高開発責任者を務めたが、2023年に同社を離れ、再び初期段階の技術開発に専念できる立場に戻った。
価格が普及の壁となっているインド市場で、安価な機器を開発するSS Innovationsに出資
2023年、SS Innovationsの創業者スリヴァスタヴァが、出資先を探す中でモルに声をかけた。テキサス州でトップクラスの心臓外科医として知られていたスリヴァスタヴァは、Intuitive Surgicalの初期顧客の1人で、主にダ・ヴィンチを使って約1400件の心臓手術を手がけてきたという。
だが、2011年にインドへ移った際、「ダ・ヴィンチはコストが高すぎ、現実的ではないことにすぐ気づいた」とスリヴァスタヴァは振り返る。そこで彼は、より手頃な価格の手術ロボットを自ら開発することを決意した。
「インドの外科医は皆、ロボティクスの存在を知っている。しかし、価格の壁が高く、実際には使えないのが現状だ」とモルは語る。SS Innovationsの株式11%を保有するモルにとって、その持ち分の価値は現在1億2000万ドル(約186億円)に達している。
立ち上げ当初は苦戦したものの、SS Innovationsは現在、急成長局面に入っている。同社の売上高は、2025年最初の9カ月間(9月30日まで)で2800万ドル(約43億円)に達し、前年同期の1250万ドル(約19億4000万円)から2倍超に伸びた。成長を後押ししている大きな要因の1つが価格だ。
スリヴァスタヴァによると、SS Innovationsの手術ロボットは現在、最も安いモデルで60万ドル(約9300万円)程度で販売されている。この価格は、最新モデルの価格が200万ドル(約3億1000万円)以上に及ぶダ・ヴィンチと比べるとはるかに安い。「キャデラックやロールスロイスを選ぶ人もいれば、フォードを選ぶ人もいる」とスリヴァスタヴァは語る。同社は年内にも、米国市場参入に向けて米食品医薬品局(FDA)に承認申請を行う計画だ。
脳卒中への迅速な対応や反復的な処置において、ロボットが医療水準を引き上げる
モルが出資している他の多くの企業も、専門医が不足しがちな高度または反復的な手技の医療水準を引き上げるロボットに焦点を当てている。その1つが、脳血管手術に特化したXCathで、モルは同社の技術が脳卒中治療に応用できると見ている。脳卒中では、発症から血栓を除去できるまでの時間をいかに短縮できるかが極めて重要だ。時間が1分遅れるごとに、約200万個の脳細胞が失われるとされている。モルは、ロボットを活用することで、この「時間との闘い」を改善できる可能性があると考えている。
脳外科医にとってのロボットの大きな利点は、手を大きく動かす操作を、極めて狭い空間で必要とされるサブミリメートル(submillimeter。1ミリメートル未満を示す)単位の精密な動きに変換できる点だ。「大きな動きを、繊細な動きに変換できる。動脈瘤手術では、それこそが必要とされる機能だ」とモルは語る。
白内障手術向けロボットを開発するForSight Robotics
ロボットはまた、日常的に大量に行われる定型的な処置にも向いている。そうした分野としてモルが投資したのが、白内障手術向けロボットを開発するイスラエル企業ForSight Roboticsだ。白内障手術は、米国だけでも年間400万件以上行われる、世界で最も一般的な医療処置の1つだ。
一方で、その需要に見合う医師の数は不足している。この状況を背景に、ForSight Roboticsは2025年、推定評価額5億ドル(約775億円)で累計1億9500万ドル(約302億円)を調達した。モルは6月に投資家兼戦略アドバイザリーボードの一員として同社に加わった。「これは極めて大きな機会に挑む事業だ」と彼は語る。現在、ForSightは豚の眼を使ってロボットのテストを行っている。
膨大な手術データとAIを組み合わせ、過去30年の歩みを超える進化を実現
AIの登場によって、手術ロボットは新たな段階に入りつつある。膨大な手術データを生かして性能を磨いていける点に、モルは大きな可能性を見ている。「30年前に始めた取り組みを基盤に、今の技術水準を一気に飛び越える進化が実現できると感じている」とモルは語った。


