世界初の抗生物質ペニシリンの発見者として知られる英細菌学者アレクサンダー・フレミングよりはるか以前に、古代エジプト人は既に原始的な抗生物質の実験を始めていた。紀元前1550年頃に書かれた人類最古の医学書の1つである「エーベルス・パピルス」によれば、古代エジプト人はカビの生えたパンを感染した傷口に直接塗布していた。つまり、古代エジプト人は自然界に存在する抗菌物質を独自に活用していたのだ。
信じがたい話に聞こえるかもしれないが、まさにこれが初期の実証医学の姿だった。古代の医師は細菌についてまだ完全には理解していなかったものの、その技術は実験の洗練さを示唆している。本稿では、これがいかに現代の抗生物質療法の基盤を形成したのかについて解説しよう。
古代エジプトでなぜカビが抗生物質の役割を果たすようになったのか
2023年に医学誌「JCO世界腫瘍学」に掲載された論文によると、古代エジプトのエーベルス・パピルスには、カビの生えたパンが創傷治療薬として記されていた。同医学書には、頭痛や糖尿病、片頭痛、さらには失明に至るまで、さまざまな病気に対する治療法が紹介されている。特に注目すべきは、感染した傷や切り傷に対する14種類の異なる治療法の中に、カビの生えたパンを塗布する方法が含まれていたことだ。
現代の微生物学は、この方法が実際に治療効果を持っていた理由について非常に明確な仮説を提示している。青カビなどの特定のカビは、天然の抗菌化合物を生成する。傷口に塗布した場合、カビの生えたパンは確かに消毒剤として機能していた可能性がある。恐らく、少なくとも数世紀後にペニシリンが発見されるまでは、カビの生えたパンが細菌の増殖を抑制する最も効果的な手段だったと考えられる。
考古学的証拠からも、古代エジプトの生活でカビの生えたパンがどれほど広く活用されていたかが裏付けられている。パン職人は大きな陶器のつぼを使ってパンを焼いて保管していたが、時間の経過とともにカビが発生することがあった。こうしたパンのカビは、有益な菌類を育てるために意図的または偶然に放置された可能性がある。
現代の生物学では、青カビとそれに関連する微生物は、細菌を抑制する二次代謝産物を自然合成することが知られている。現代では、青カビはペニシリン様化合物を生成し、細菌を死滅させたり、増殖を著しく抑制したりすることが分かっている。学術誌「応用微生物学の進歩」に掲載された論文で説明されているように、英細菌学者のフレミングは1928年、青カビの周辺では細菌が何らかの理由で繁殖できないことを観察し、この現象を発見した。恐らく、これは古代エジプト人がカビの生えたパンを活用するに至ったのと同じ原理だったと考えられる。


