近年、産官学によるスタートアップ支援が盛んになっている。三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)も多くの有望なスタートアップを支援してきた。手術の現場を変えるメドテックスタートアップ「リバーフィールド」もその1社だ。同社代表取締役社長の只野耕太郎と、伴走支援を担当するMUFGの今井千愛に、これまでの長い道のりと医療機器にかける情熱について話を聞いた。
最近では、スタートアップによるさまざまな分野での社会問題解決が話題になっているが、なかには苦戦している分野もある。その1つが医療機器だ。研究開発に多額の資金と時間を要するうえに、特殊な業界であり販路開拓も容易ではないからだ。
スタートアップ支援に注力するMUFGは、そんな医療機器分野も積極的に支援している。経験豊富な担当者が資金面に限らず、戦略立案から販路開拓、海外展開まで幅広いサポートを展開。こうした後押しを受け、業界でのプレゼンスを拡大させているのが、手術支援ロボット「Saroa(サロア)」を開発する「リバーフィールド」だ。
『手の届かない世界に触れる』——企業価値の再定義
リバーフィールドは、代表取締役社長の只野耕太郎が東京工業大学(現・東京科学大学)の学生だった2003年、助教授の川嶋健嗣と共にロボットの研究を始めたことに端を発する。当時は研究が楽しく、事業化などまったく頭になかったというが、博士課程を修了して研究員から助教、そして准教授となり研究を続けていた只野は、やがて「社会の役に立ちたい」と社会実装を考えるようになる。12年に文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)に採択。これをきっかけに、14年、リバーフィールドを設立した。
最初は経験を積むために、内視鏡ホルダーロボット「EMARO(エマロ)」を販売していたが、15年から本丸である手術支援ロボットの製品化に挑んだ。だがその壁は高く、試行錯誤の連続の中で、想定を超える時間と資金を投じることになった。資金調達にも苦戦し、只野たちは苦境に立たされていた。
そんな同社に手を差し伸べたのが、三菱UFJ銀行だ。医療機器を開発するスタートアップは珍しく、業界では知られる存在だったため、同行の営業部員が19年に接触。只野らから相談を受けると、可能性を見出した同行成長産業支援室(現・スタートアップ戦略部)が支援を開始したのだ。担当の今井千愛が言う。
「リバーフィールドが開発するロボットは、先行する海外ブランドの製品よりもコンパクトかつ低コスト。基幹技術である『力覚フィードバック』や『空気圧駆動』により繊細な動きが可能で、医療が抱えるさまざまな課題を解決するのではないかと、非常に可能性を感じました。最初は財務アドバイザーのような形でご支援をし、経営戦略をブラッシュアップしながら中長期的な事業戦略を一緒に検討してきました」
Saroaの特徴は、この「力覚フィードバック」にある。それによって、ロボットのアームが対象物をつかんだり引っ張ったりした感覚が、コントローラーを通じて医師の手に伝わるのだ。只野がその特徴を説明する。
「一般的な手術支援ロボットは、力の感覚が術者に伝わらず、力加減を判断するのは画像による視覚情報のみになります。当社のロボットは、アームがつかんだ感覚が手に伝わることで微妙な力加減を調節することができるので、従来よりも患者や医師への負担が少なく、安全に手術を行うことができます。しかもアームがつかむ力を数値化できるので、ベテランの先生の暗黙知をデータ化することも可能です。そのデータを若手医師の教育に活用すれば、人手不足の課題解決にもつながります。また、力覚はほぼ遅延なく伝わるので、将来的には、遠隔手術の実現を目指しています」
この力覚フィードバックを実現するために採用したのが「空気圧駆動」だ。
「力覚をフィードバックするためには、力の強さを正確に測る必要があります。それにはセンサーが必要ですが、アームは人間の体内に入るため滅菌処理をしなければならず、それによって、センサーが正確に働かなくなるという課題があります。センサーを使わずに力覚を測る方法を考えた結果が、空気圧駆動なのです。圧力情報からアームが受けている力を推定する仕組みです」(只野)
過疎地の医療アクセス問題の解決にもつながる画期的な技術だが、医療の世界では、技術があるだけではスタートラインに立つことすらできない。厚生労働省から薬事承認を受けなければ、販売が許されないからだ。しかし、その承認を得るまでには長い道のりがある。特に開発初期の段階は、ロボットのコンセプトや仕様を決める作業に苦労したと只野は振り返る。
「ユーザーである医師にヒアリングをしても『実際に臨床で使ってみないとわからない』と言われるのですが、薬事承認を受けなければ臨床では使えない。仕方がないので、仮説を立てて製造したものを先生に触っていただき、ダメ出しを受けてはつくり直すという作業を繰り返しました」
三菱UFJ銀行は、リバーフィールドのこうした苦しい時期を支えた。資金調達が喫緊の課題だったが、投資家からは製品の技術的な魅力そのものは評価されていた一方で、その価値をどう言語化し、伝えるかについては改善の余地があった。そこで今井たちは、プレゼン資料をブラッシュアップするとともに、リバーフィールドがもつバリューの再定義を行った。
「もともと社名ロゴには『Surgical Robot Laboratory』(手術支援ロボット研究室)というバリューが併記されていましたが、一見すると、研究だけをする会社だと勘違いされかねません。リバーフィールドの強みは、遠隔でもあたかも触っているような感覚を得られる技術にあるので、それを一言で表現するために、『TOUCH WORLDS BEYOND YOUR REACH.(手の届かない世界に触れる)』というスローガンを提案しました。こうして戦略をひとつひとつ一緒に創り上げていったことが、私たちの提供価値です」(今井)
このスローガンは、今も同社を象徴するフレーズとして大切に掲げられている。こうした取り組みが実を結び、21年9月、MUFGグループである三菱UFJキャピタルが運営するMUFGメディカルファンドをはじめ、多くの投資家から約30億円を調達することに成功した。そして23年、ついに薬事承認を取得したのだった。
この頃から三菱UFJ銀行の支援は、マーケティング戦略や販路開拓にも広がっていく。
「競合の製品はかなり高額のため、資金が豊富な大病院しか買えず、市民病院など町の中核病院には手が出ません。Saroaは小型で低価格のため、そうした病院をターゲットに定めました。まず病院に認知してもらい、共感を得られなければ製品は買ってもらえないので、私たちはMUFGのネットワークを活用し、全国に複数病院を展開している医療法人との連携構築を支援しました。そこで買ってもらえれば、地域のほかの病院も認識するようになる。こうした地域を絞ったマーケティング戦略を立ててきました」(今井)
この戦略により、Saroaの導入は順調に増えている。さらに三菱UFJ銀行は、リバーフィールドに対して人材の派遣も行っている。只野は、こうした一連の支援に感謝を示す。
「出向していただいている財務の専門の方に事業計画を作成していただいたことで、先日の資金調達のラウンドが進展しました。また、病院とのコネクションづくりやマーケティング戦略は我々の弱い部分なので、密にご相談させていただき、とても助かっています。三菱UFJ銀行の支援がなければ、ここまで来られなかったと実感しています」
MUFGの支援で海外展開と技術開発を加速
日本ではここ数年、スタートアップエコシステムの拡充が進んでいる。ところが医療機器の分野に関しては、十分とはいえないと今井は指摘する。
「薬事承認を取得するためには、いろいろな試験をしなければならないですし、安全性についても、症例数を何回も重ねることで初めて証明されます。それらを実行するためには場所はもちろんのこと、大学や民間企業などにサポートをしてもらうための体制も必要です。それらが圧倒的に不足しているため、医療機器にチャレンジする企業が少ないのです」
こうした現状を変えようと、三菱UFJ銀行は環境づくりに力を入れているという。
「新規参入しやすい環境が大切だと考えているので、大学と提携して場づくりに力を入れたり、先生方にサポートをお願いするなどの活動も行なっています。技術力のある方にチャレンジしていただけるよう、グループ全体で環境づくりを進めているところです」(今井)
事業環境が厳しい医療機器分野でスタートアップがスケールアップするには、海外展開も重要だ。例えば、東南アジアのパートナーバンクの提携先を通じてリバーフィールドに現地の企業を紹介したり、商談会への参加を促すなど、MUFG独自のネットワークを活用したサポートを行なってきた。只野は海外市場にさらに攻勢をかけるとともに、製品開発にも力を入れていきたいと意気込む。
「MUFGのおかげで、東南アジアやインドでは、契約を交わす段階まで商談が進んでいます。数年後には、売上高の一定の割合を海外で稼ぎ、国内外でシェアを拡大していきたいです。一方で我々はディープテックなので、新しい技術をどんどん開拓していきたい。現状は腹部・胸部だけに適応していますが、血管や神経を扱うマイクロサージャリーなど別の領域にも取り組みたい。また、力覚データとAIを組み合わせたシステムも開発し、医療における課題を解決していきたいと考えています。海外展開もファイナンスの面もMUFGのサポートが重要なので、今後も変わらずご支援いただきたいです」
今井はリバーフィールドのような、熱意をもって事業に取り組むスタートアップを支援していきたいと決意を新たにする。
「医療機器の開発にはさまざまな困難をともないますが、リバーフィールドには、只野社長をはじめとする経営陣にそれを耐え抜く胆力がありました。そうしたメンタリティをもつ人たちをこれからも、MUFGグループの総合力で支えます。スタートアップの経営者の熱意は非常に高いので、一人の人間としてもその熱意に触れていたいですし、情熱をもって皆様のサポートをしていきたいです」
ただの・こうたろう◎リバーフィールド代表取締役社長。東京工業大学(現・東京科学大学)在学中の2003年、助教授の川嶋健嗣と手術支援ロボットや空気圧システムの研究を開始。研究成果を社会実装するため、14年にリバーフィールドを共同創業。CTOなどを経て20年より現職。
いまい・ちえ◎三菱UFJ銀行スタートアップ戦略部業務推進グループ。スタートアップでのインターンを経て2022年、三菱UFJ銀行入行。法人営業を担当するなか社内公募制度に応募し、24年よりスタートアップ戦略部。



