人気ゲームで、テレビドラマ化もされた『ラスト・オブ・アス』は、ゾンビ発生による黙示録的な世界を舞台としたフィクションだ。だが、『ラスト・オブ・アス』に登場する、感染者をマインドコントロールしゾンビに変える菌類には、モデルとなった生物が実在する。世界の熱帯林には、アリの行動を操作して、アリの体を新たな胞子の発射台に変えてしまう菌類が潜んでいるのだ。
『ラスト・オブ・アス』に登場する菌類の名前は「コルディセプス(Cordyceps:ノムシタケ属/別名、冬虫夏草属)」。アリを冒す実在の菌類は、それに似た名前のオフィオコルディセプス(Ophiocordyceps)だ。その能力はあまりに常識はずれで、かつては研究者でさえ、自身が観察した事実を疑うほどだった。
ゲームだけに登場する怪物のように思えるかもしれないが、この菌類は紛れもなく実在し、人類誕生のはるか昔から繁栄してきた。
「ゾンビアリ菌」の正体とは?
オフィオコルディセプスは、寄生性の菌類の属名だ。アリに感染することで知られ、特にオオアリ属が標的となる。だが、私たちがよく知る菌類感染症とは異なり、オフィオコルディセプスは、昆虫の体表面ではなく、体内で成長する。アリの体内に侵入し、組織を伝って菌糸を伸ばし、そして何よりおぞましいことに、最終的には行動を操作するに至る。
オフィオコルディセプス属のいくつかの種群(最も有名なのはOphiocordyceps unilateralis)は、しばしば「ゾンビアリ菌」と呼ばれる。しかしこの俗称は、太古の昔から磨き上げられてきた複雑な生態を、ほとんど捉えていない。
2023年に学術誌『IMA Fungus』に掲載された論文によれば、オフィオコルディセプス属には数十種が知られ、いずれも特定のタイプの宿主昆虫に特化した適応進化をとげてきた。言ってみれば、生物学的な「鍵と錠前」の関係だ。
この論文によれば、アリに感染する6種のオフィオコルディセプスに見られる主要な特徴には、以下のようなものがある。
・特定の種のアリだけに感染する
・好適な生育環境(通常は湿潤な熱帯林)を必要とする
・宿主のアリの行動を操作しなければ、生活環が完結しない
・人類誕生の数百万年前に進化した
重要な注意点として、オフィオコルディセプスの生態がいくら奇抜とはいっても、この菌は「知性」を備えているわけではない――私たちが考えるような意味でも、あるいは『ラスト・オブ・アス』のような番組や映画を見て、つい想像したくなるような意味でもだ。とはいえこの菌が、自然界でもトップクラスの巧妙な宿主操作術を進化を通じて獲得したことは事実だ。



