「ゾンビアリ菌」が宿主に感染するメカニズム
オフィオコルディセプスの感染は、たった1つの胞子がアリの体に付着するところから始まる。目に見えないほど小さな胞子は、花粉と同じように森の中を漂い、やがて宿主の体表に舞い降りる。アリに付着した胞子は、酵素を分泌して外骨格を溶かし、極小の侵入口を作って体内に忍び込む。侵入に成功すると、菌は成長を始める。
2020年に学術誌『G3 Genes Genomes Genetics』に掲載された論文により、オフィオコルディセプスは、感染初期の段階において、アリの生存に不可欠な臓器への損傷をむしろ避けていることが明らかになった。このため、アリは普段通りの生活を続けられる。
しかし、アリが通常機能を維持している間も、オフィオコルディセプスは、無数に分岐した繊細な菌糸を体内に張りめぐらせている。要するに、アリを内部から気づかれない程度にむしばみつつ、じわじわと乗っ取りの準備を進めるのだ。
ポップカルチャーのプロットに描かれる姿とは異なり、オフィオコルディセプスは、実はアリの脳を直接的に支配するわけではない。『G3』の論文で述べられているように、この菌はアリの筋肉に沿って成長する。そして、特別に調合された化学物質を分泌して、アリの通常の行動を上書きしてしまうのだ。
アリの脳に感染し、文字通り思考を「支配」するというのは誤解だが、実態はいっそう不気味かもしれない。言ってみれば、アリの思考を書き換えるのではなく、アリの筋肉に糸を結びつけ、操り人形のようにコントロールするのだ。アリに抵抗する術はまったくない。
具体的には、行動操作は次のようなパターンをたどる。
・化学物質を放出し、アリの筋肉の収縮パターンを変化させる
・アリの体内時計と方向感覚を狂わせる
・アリに強制的に巣穴を離れさせ、植物に登らせて、葉や小枝をかじって体を固定させるように仕向ける
この最終段階は、生物学者から「デスグリップ(Death Grip:死の固定)」と呼ばれている。最も重要であると同時に、最もおぞましい段階だ。


