過酷な酪農の現場で培った「強い回復力と粘り強さ」を武器に、宇宙開発企業を経て起業へ
『ロード・オブ・ザ・リング』の撮影地として知られるマタマタの郊外の酪農場で育ったピゴットは、酪農家を取り巻くプレッシャーの高まりを身をもって理解している。彼の両親は毎朝午前4時から働き始め、労働時間は週100時間を超えていた。肉体的な疲労に加え、慢性的な人手不足や資材費など、経営を圧迫する課題は尽きなかった。
「振り返ってみると、酪農家はスタートアップを率いるための最高の訓練の場だった」とピゴットは語る。「長時間労働で年中無休。天候や牛の病気に左右されるこの仕事は、自分ではコントロールできない課題にも直面する。そうした経験が、強い回復力と粘り強さを身に付けさせてくれたと思う」。
ピゴットは、ニュージーランドのオークランド大学で機械工学の学士号を取得して卒業。直後の2016年に小型ロケットの開発・打ち上げサービスを手がける宇宙開発企業ロケットラボの工場に就職した。当時の同社はまだ初の軌道投入を成功させる前の段階で、事業基盤を固めている最中だった。
ロケットラボの創業者兼CEOでビリオネアのピーター・ベックによると、若きピゴットは、問題解決力に優れた「行動派」の1人だったという。「クレイグは、何かに本気で取り組めば成功するだろうと、ひと目で分かるタイプだった」とベックは語る。
入社から1年足らずで起業を決意、ロケットラボ創業者兼CEOがエンジェル投資家兼メンターとして参画
ピゴットは、ロケットラボ入社から1年足らずで起業を決意。のちに会社を離れた大学時代の友人とともにHalterを立ち上げるため、ロケットラボを退職した。その際、ベックはエンジェル投資家兼メンターとして参画し、ニュージーランドの小売大手The Warehouse Groupの創業者スティーブン・ティンダルや、地元のベンチャーキャピタルIcehouse Venturesも出資に加わった。
「私は家畜の専門家ではない。牛について知っているのは、尻尾の端と食べる側の違いくらいだ」とベックは冗談めかして語る。「それでも、クレイグは非常に大きなビジネス機会を、はっきりと言葉で説明できていた」。
酪農家の協力を受けて「GPSを備えた首輪」開発に着手、耐久性と充電の問題を解決
ピゴットは、「GPSを備えた首輪」という当初の構想を磨き上げるため、少数の酪農家と密に協力して開発を進めた。最初の大きな課題は、首輪のバンド部分に収まる太陽光パネルを作ることだった。次に立ちはだかったのが、壊れにくい製品に仕上げることだ。首輪は日々、相当な摩耗にさらされると分かり、ピゴットとチームは防弾ガラスの一種を採用した。最初の冬は、日照が少ない日でも充電状態を保てるよう、バッテリーの再設計に費やされた。
音と振動による牛の誘導に加え、独自の機械学習で健康状態や交配時期を予測
Halterの首輪は当初、搾乳舎へ乳牛を誘導することを目的に開発された。そして、数年後には肉牛向けの新たなソフトウエアが追加され、より広い範囲で放牧を管理できるようになった。牛には音と振動による方向指示が与えられ、その頻度は徐々に高まる。繰り返しの指示を無視する牛に対しては、電気柵が与えるショックのごく一部にあたる低エネルギーの電気刺激で学習を補強する。同社のウェブサイトでは、動物福祉に関する基準が公開されており、牛がこの仕組みに慣れるまでにかかる期間は、平均で2〜3日だとされている。
Halterのスマート首輪は、群れの移動を監視するだけでなく、体温や反芻のパターンといった健康データを継続的に収集する。これらデータは、カウゴリズム(cowgorithms)と呼ばれる同社独自の機械学習アルゴリズムに取り込まれ、疾病の兆候や交配の最適な時期を予測するために使われる。
酪農家(畜産農家)の規模に応じたサブスクリプションを提供し、月額約881円から首輪を利用可能に
Halterは、遠隔での群れ移動、牧草地管理、家畜の健康管理をカバーする乳牛や肉牛向けの4種類のサブスクリプションを提供している。料金は農場の規模や立地、飼育頭数によって異なり、首輪1本あたりの月額料金は標準的プランでは9.90ニュージーランドドル(約881円。1ニュージーランドドル=89円換算)からだ。利用者はまた、1基あたり約7800ニュージーランドドル(約69万円)の高さ6メートルの送信塔を購入する必要がある。この送信塔は、地形にもよるが半径約8キロメートル以上をカバーできる。


