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2025.12.15 14:00

欧州の著名インフルエンサーに「詐欺疑惑」、130億円のファッション帝国が崩壊

インフルエンサーのキアラ・フェラーニ(Photo by Daniel Perez/Getty Images)

ブログから始まったキャリア、インスタグラムのアカウント開設でSNSの波に乗り世界的に成功

歯科医の父と、ファッション業界で働く母のもとに生まれたキアラ・フェラーニは、ミラノのボッコーニ大学で弁護士を目指して学んでいたが、22歳だった2009年にファッションブログ「The Blonde Salad」を立ち上げた。

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フェラーニは最初の投稿で、こう書いていた。「何年もFlickrに時間を費やしてきた結果、次の段階に進み、自分自身のための場所を作る必要があると感じた。『The Blonde Salad』という名前にしたのは、このブログが“私自身のごちゃ混ぜサラダ”みたいなものだからだ」。

そこから彼女のキャリアは、驚くべきスピードで軌道に乗った。2011年までに、「The Blonde Salad」は月間80万人の訪問者を集めるようになり、フェラーニは初のプロダクトラインとしてシューズコレクションを発表。発売直後に完売させた。

フェラーニの躍進を加速させたのが、2012年1月に開設したインスタグラムのアカウントだった。当時、このアプリはまだ立ち上がったばかりだったが、翌年6月までにフォロワー数は100万人に達した。

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これを受け、フェラーニは起業家の道へ本格的に舵を切った。シューズにとどまらず、「キアラ・フェラーニ・ブランド」を立ち上げ、アパレル全般へと事業を拡大した。鮮やかな色使いとグリッター、そして何よりも、彼女のトレードマークである漫画風の青い目のロゴを前面に押し出した遊び心のあるデザインが特徴だった。このブランドは急速に世界展開を進め、パリのル・ボン・マルシェやミラノのラ・リナシェンテといった高級百貨店にも進出した。

2017年になるとフェラーニは、共同創業者で元交際相手でもあるリッカルド・ポッツォーリからCEO職を引き継ぎ、自社の統制を強化。同年、ミラノと上海に旗艦店を開設した。この時点で、彼女のブランドは世界各国の350店以上で取り扱われるまでに成長していた。

その後、ライセンス契約を通じて事業を拡大し、フェラーニのブランドはアクセサリー、文房具、メイクアップ製品まで手がけるライフスタイルブランドへと姿を変えていった。2022年には売上高が1530万ドル(約24億円)に達し、前年の800万ドル(約12億4000万円)からほぼ倍増。同時に、過去最高となる約370万ドル(約5億7000万円)の利益を計上した。

高級ブランドとの協業などで収益を伸ばし、約109億円を稼ぎ出す

フェラーニの資産の大半は、ディオール、サンローラン、ランコムといった高級ブランドとのコラボレーションによって築かれたものだ。フォーブスが、イタリアで公開されている2017年以降のTBSクルーのすべての損益計算書を分析したところ、同社を100%所有するフェラーニは、インフルエンサーとしてのキャリアを通じて少なくとも7000万ドル(約109億円)を稼ぎ出していた。この金額には、妹のフランチェスカとバレンティーナが関わった仕事の一部も含まれており、こうした点から、フェラーニ家をカーダシアン家になぞらえる声も多い。

フェラーニの知名度が新たな段階に達したのは、2018年にイタリア人ラッパーのフェデスと結婚したときだった。シチリアで3日間にわたって行われた豪華な結婚式は、ヴォーグでも大きく取り上げられた。2021年には、フェデスや幼い子ども、妹との日常を描いたリアリティ番組『The Ferragnez』がアマゾンのプライムビデオで配信され、フェラーニ家をカーダシアン家になぞらえる見方は、より広く浸透していった。

キアラ・フェラーニと元夫のラッパーのフェデス 2019年撮影(photo by Marilla Sicilia/Archivio Marilla Sicilia/Mondadori Portfolio via Getty Images)
キアラ・フェラーニとラッパーのフェデス 2019年撮影(photo by Marilla Sicilia/Archivio Marilla Sicilia/Mondadori Portfolio via Getty Images)
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翻訳=上田裕資

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