また、明治はESG評価と定量的な成長率を掛け合わせた指標をつくっている。それが前期中期経営計画から取り入れられた、自己資本利益率(ROE)とESG評価向上の両方を追う「明治ROESG」だ。いわば、稼ぐ力とサステナブル経営の両立だが、26年度目標の「ROE9.5%以上」に対し、足元のROEは7%前後で、こちらはまだ道半ばだ。「我々のESGの取り組みが消費者にも浸透し、おいしさや品質という概念を超えた『明治ブランドだから買う』という動きが広がれば、ESGがROEに結びついてくるはずです。日本人の消費行動を変える第一人者になりたい」
「赤字10億円」の失敗を糧に
松田には、今年6月にホールディングスの社長に就任して以来、意識している人的資本経営の方針がある。
「我々企業がどんな活動をするにしても、人は財産です。だから、社員をはじめかかわるすべての人が生き生きわくわくする会社にしたい。そのためには、一人ひとりが自律的に考えて、行動し、失敗しても次の成功への糧にしてほしいのです」
松田がこう考える根底には、30代で経験した大きな失敗がある。名古屋の東海総括支店で経験を積んだあと、東京の本社に配属になると「新規事業をやれ」と命じられた。そこで、当時はまだ手をつけられていなかったドレッシングの事業に乗り出した。ヨーグルト味のドレッシングや調味料をつくったが売れず、10億円近くの赤字を出した。
営業担当の専務に呼び出され、クビを覚悟したが、言い渡されたのは意外な言葉だった。「これまで何人もの社員に新規事業をやれと言ってきたが、やっているふりだけだった。本気でやったのはお前だけだ。損した分はこれからの明治の人生で3倍にして返せ」と激励を受けたのだ。松田は「いつか上に立つ人間になったとき、こういう上司になろう」と決めた。そしてトップになった今でも、当時の専務の言葉を思い出し、初心に帰っているという。
「目には見えませんが、『栄養報国』のDNAはしっかりと社員に受け継がれています。食と健康で人々のウェルビーイングに貢献するという素晴らしい事業に携わっているんだということに、社員には気づいてほしいのです。培われた自己肯定感や自己効力感が、やがては明治ホールディングスの企業価値向上につながっていくと信じています」
松田克也◎慶應義塾大学法学部卒業後、1980年に明治乳業に入社。チーズ、バター、マーガリンなどの商品を長く担当。2012年、明治執行役員などを経て、18年、同社代表取締役社長と明治ホールディングス取締役に就任。25年6月から現職。
明治ホールディングス◎2009年、明治乳業と明治製菓の合併により設立。チョコレートや乳製品などを扱う明治と、医薬品を手がけるMeiji Seikaファルマを傘下にもつ。明治製菓の前身となる「東京菓子」は1916年の創業。


