さらに、役に立ちそうな形質を持つ交雑種が生まれたあとは、接ぎ木や挿し木といった手段で簡単に広めることができる。最終的にこのプロセスが、望ましい形質をはるか先の世代にまで確実に受け継がせる働きを果たした。
というわけで、当初の交雑の発生までの経緯が「自然」だったとしても(他家受粉やハチの働き、あるいは生息地域が重なっていた、など)、人間は当然、こうした性質の有用性を認識していたはずだ。私たち人間は、手元に置いておく価値がある果物だけを選び、広く増やしていった。
野生の森に実っていた、これといって特徴のない果実が、数百年、数千年を経て、私たちが今知る、世界で重宝される定番の果物となった裏には、こうした人間による働きかけがあったのだ。
「柑橘類の起源」のストーリーが重要な理由
私たちが今、美味しく食しているこれらの柑橘類のルーツを知れば、かつての人類が、今日のエコシステムや生物多様性の形成に深く関わっていたことがわかるだろう。興味深いことに、古代の人々は、現代の遺伝学やラボを用いる科学が存在するはるか前から、こうしたことを行なってきた。耕作や栽培化を、私たち現代人は「近代的」な発明だと考えがちだが、実際には古代から続く人間の営みだったと言えるだろう。
私たちが、果物が「オーガニック」あるいは「自然」だと言う場合、単に木に実っている果物、というという意味でこれらの表現を使っていることが多い。だがレモンを含め、私たちが「自然」なものと考えている果物の多くは、その成り立ちに人間の手が深く関わっているものが多い。この点を認識すれば、「自然」あるいは「本物」の食物に関する、自分たちの思い込みを再考するのに役立つはずだ。
また、生物多様性に対する考え方に関しても、重要な示唆がある。現在のレモンは、複数回の交雑イベントにその起源を持ち、その遺伝的基盤は比較的狭い。多くの商用品種は、接ぎ木や挿し木などのクローン繁殖で増やされている。そのため、病気や害虫、環境の変化に弱い恐れがある。柑橘類の近縁にあたる野生種を保護し、遺伝的多様性を維持することは、長期的に見た作物のレジリエンスのために不可欠だ。
レモンの物語は、究極的には、人間の創意工夫の物語だ。レモンを絞り、料理にかけたり、グラス1杯の水に入れたりする時、あなたは、数え切れないほどの世代にわたる生産者たちが連綿と作り上げてきたツールを用いているのだ。


