定員400名が2時間で満席になるなど、人気ワイナリーは「予約の取れないレストラン」ばりの人気を誇る収穫ボランティア。だが、このボランティア文化の拡がりの裏には、善意の無償労働に依存する、構造的なリスクが潜んでいることも否めない。
“善意の労働力“に依存する構造的リスク
前回の記事『定員400名2時間即決』のワイナリーも、ぶどう収穫ボランティア活況なぜ?では、「レジャー」として成立している収穫ボランティアの好例を紹介した。しかし現実には、人手不足を補う“実質的な労働力”としてボランティアに支えられているワイナリーも少なくない。
背景には、日本のワイン産業が抱える構造的な課題が潜んでいる。いまや日本のワイナリー数は500を超えるが、実はその約半数が経営的に厳しい状況だ。
国税庁「令和6年 酒類製造業の概況」によると、国内のワイン製造者のうち約43%が欠損または低収益。とくに年間製成量100キロリットル未満の小規模ワイナリーでは営業利益がマイナスで、かつ新規参入の半数が赤字という実態がある。こうした状況では、収穫期の一時的な労働力を有償で確保することが難しく、結果として無償ボランティアへの依存が起きやすい。
海外在住のワイン専門家は、「人件費を限りなく抑える無償ボランティアという、世界でも例を見ない方法で産業を回そうとしている。まさに日本ワインの特殊性を示す一例」と指摘する。
対照的にフランスでは、労働契約を結び、対価を支払うのが原則だ。以前は経験を得るための飛び込み収穫参加なども行われていたようだが、近年は厳しくなり、労働契約のない不法労働は厳しく罰せられるようになった。例えば、手摘みが必須のシャンパーニュの収穫を支えるのが、主に東欧・イベリア・北アフリカから来た季節労働者だが、不法労働者を劣悪な環境で働かせたとして企業が罰せられた例もある。
“やりがい搾取”にも?
海外のワイン事情にも詳しいワイン専門家の小原陽子氏は、日本の現状をこう分析する。
「ワイナリーの経営が安定するまで、ボランティアに頼らざるを得ない状況は理解できます。しかし、無償労働を前提とした産業構造は健全とはいえません。見方を変えれば“やりがい搾取”にもなりかねない」
さらに「日本では、サステナビリティの観点から見ても、エコノミカル(経済性)とソーシャル(社会性)の視点が不足している」と続ける。
実際、収穫作業はタイミングが命だ。人集めに苦労するワイナリーほど収穫の遅れが致命的となり、ワインの品質にも直結する。作業の質についても、素人とプロでは大きな差がある。筆者自身もシャンパーニュで収穫を見学した際、熟練の作業者が圧倒的なスピードで進む様子に衝撃を受けた。
さらに、無償ボランティアでは労災・事故時の補償が不透明になり、怪我や熱中症などが起きた際の責任が不明確になるというリスクも専門家は指摘する。
とはいえ、収穫ボランティアを一概に「労働力搾取」と断じるのは早計だ。「歴史ある欧州の制度と、まだ過渡期にある日本を同じ土俵で比べられない 」「双方がWin-Winなら問題ないのでは」という意見も根強い。体験を通じて関係人口を生み、文化の担い手を育てるという価値があるのも事実だ。



