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2025.12.15 15:15

太陽より熱い「世界最小エンジン」。自然界の混沌を模擬、物理法則限界突破も

Wonderful Engineering

人間の細胞よりも小さく、それでいて太陽よりも高温になるエンジンを想像してみてほしい。

キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)の研究チームとその共同研究者たちは、まさにそんな装置を実際に作り出した。真空中に浮かぶ、たった1つの微粒子で動く「世界最小のエンジン」である。この極小エンジンは、なんと摂氏1000万度(華氏約1800万度)まで加熱され、太陽の表面より数百万度も高温で、コロナの3倍にも達したという(ZME Scienceより)。

ただし、注目すべきはその極端な温度だけではない。この実験の本当の面白さは、「物理法則の限界」そのものを揺さぶる点にある。

通常、エンジンはエネルギーを運動に変える仕組みである。古典物理学では、それは熱力学の法則に基づく単純なプロセスとして説明される。しかし、装置のスケールを原子や粒子レベルにまで小さくすると、ルールは途端に通用しなくなっていくのである。

この微小エンジンの開発にあたり、研究者たちは「四重極イオントラップ(ポールトラップ)」という装置を使用した。これは、振動する電場を使って荷電した微粒子を、ほぼ完全な真空中に浮かせる仕組みである。研究チームはこの粒子にランダムな電圧(いわば「ノイズ」)を加え、激しく揺らすことで、運動エネルギーから熱を生み出すことに成功した。

伝統的なエンジンとは異なり、このエンジンの動きは予測不能である。

エネルギーを与えると加熱されるはずのところ、逆に冷却されることもあるという。これは通常の熱力学の法則ではあり得ない、奇妙な現象だ。このような不規則なふるまいは「確率的(ストキャスティック)な挙動」と呼ばれ、近年注目を集める「確率熱力学」という新しい分野の中心的なテーマとなっている。そこでは、私たちが知る物理法則は「平均的には」成り立つものの、「個々の現象レベルでは」必ずしも通用しないのだ。

この研究の筆頭著者である、キングス・カレッジ・ロンドンの博士課程在籍中のモリー・メッセージ(Molly Message)氏は次のように語る。

「エンジンとその中で起こるエネルギーのやり取りは、宇宙の縮図のようなものです。蒸気機関の研究が熱力学という学問を生み出し、そこから物理学の基本法則が見えてきました。エンジンを新しい領域で研究することで、宇宙やその発展を支えるプロセスへの理解をさらに深めることができるでしょう」

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