宇宙の観測精度が高まることで、それまで謎だった問題が明らかにされる。明らかになれば、そこに新しい問題が現れる。こうした謎の解明がさらに大きな謎につながる事態が、宇宙の膨張というとてつもなく大きな現象に関連して起きている。
宇宙が膨張していることはよく知られているが、約138億光年離れた宇宙の果て、宇宙が始まったころの姿が観測される初期宇宙の膨張速度と、地球に近い後期宇宙で観測された「現在」の膨張速度は一致しない。宇宙の膨張率はハッブル定数と呼ばれ、現在の宇宙では約73キロメートル毎秒毎メガパーセクとされている。メガパーセクは約326万光年なので、天体が約326万光年離れるごとに遠ざかる速度が秒速73キロメートルずつ増えるということだ。
ところが、初期宇宙では、ハッブル定数は約67キロメートル毎秒毎メガパーセクと観測され、現在の宇宙の数値と乖離している。このギャップは「ハッブルテンション」と呼ばれ、長年の課題とされてきた。
そこで、東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センターのケネス・ウォン特任助教らを含むTDCOSMO(時間遅延宇宙論をもとに宇宙の性質を観測する国際研究チーム)の研究グループは、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡など数々の観測機器が蓄積したデータを使い、重力レンズ効果によりクエーサーの屈折した光の到達時間差を解析するという、他の手法とは完全に独立した最新の方式でハッブル定数を割り出した。
それは71.6キロメートル毎秒毎メガパーセクという、後期宇宙の従来のハッブル定数にほぼ一致するものだった。これにより、ハッブルテンションは観測誤差などではなく、実際に存在することがほぼ確かめられたのだ。
しかしそうなると、なぜその差が生じるのかが問題になる。ハッブルテンションがもし本当ならば、現在の標準的な宇宙論モデルでは説明がつかず、未知の物理現象の存在が示唆されるということだ。たとえば、未知の素粒子や、宇宙初期にだけ存在したダークエネルギーによる加速度的膨張などだ。極端な話、一般相対性理論が、宇宙スケールでは通用しない可能性も考えられる。
文字どおり、謎が謎を呼ぶ宇宙。この謎を解明していった先には、どんな答えがあるのだろう。そのとき世界は、どう変わるのだろうか。



