梅原もまた、いきすぎに引いたスタンスで「価値を考えるには、下がったほうがいい」という。
例えば高知県黒潮町の「砂浜美術館」。1987年に成立したリゾート法に基づき各地で巨額の開発が進むなか、梅原は89年、約4km続く砂浜に何も建てることなく「Tシャツアート展」を企画した。全国から集まった1000枚以上のアートがTシャツにプリントされ、ひらひらたなびくのだ。出展費は1点5000円。6日間の来場者は3万人。そのほとんどが300円の協力金を納めていく。
この座組みが30年以上続く一方、リゾート法を活用した開発の多くは破綻し、各地に大きな爪痕を残している。「そこにある松原もらっきょう畑も、そこに来るクジラもウミガメも作品。空想の美術館です。後ろちゃうか? 先行くなよ」。ブレない梅原の言葉が会場に響いていた。
続く“カルチャーアントレプレナー”のセッションで西陣織の老舗「細尾」の細尾真孝は、「引いて見ると、青い鳥は足元にいる」と共鳴。「伝統は壊そうとしても、それも飲み込んで変わっていく」という考えのもと、海外ブランドとのコラボレーションや布の研究開発を続ける細尾は今、シルクの原料まで掘り下げ、養蚕に足を踏み入れるという。
見過ごしている足元は、外からの声で気づくものだ。「日本人は自分が思っている以上に手先が器用で、さらにそれを極める道具をつくり、その職人まで存在する。また道具を手入れし、大切に扱う。海外の方々はそこに憧れている」と京都の料亭「和久傳」の女将、桑村祐子。両足院副住職の伊藤東凌は、「10秒でも入れられるお茶を20分かけて入れるなんて、日本人は時間を遊んでいるのですね」と言われ、文化に潜む余白に気づいたという。
山本山の11代目、山本奈未は、評価される価値も届ける際には工夫が必要と付け加える。「かつて欧米で海苔は海臭いと厭われていた。それがご飯に巻いたり、海苔トーストにしたりするとおいしく食べてもらえる。私がおいしいよりも、あなたのおいしいを大切にする。日本らしさをおしつけず、ローカルに合わせていくと文化が広がっていきます」。
価値とは見出し、育むもの
この日の議論が「価値とは何か」の答えを出すものではないが、パワーエックスの伊藤が放った「価値は人間にしか見出せないもの」という言葉が価値を考えるヒントになるように思う。
英語の「value」の語源はラテン語の「val-ere」で、「強い」という意味がある。目の前にあるものの何が強みかを見抜く。どんな工夫をすれば「付加価値」や「新しい価値」になるかを考える。その洞察力や想像力は、五感を使って多くの経験をしている人のほうが長けているに違いなく、AIによる効率化の先にあるものでもない。
また、社会が変化していく以上は、求められる価値も変化していく。既存の価値は、未来の価値とは限らない。オーセンティシティというものは、長年手をかけ続けてこそ得られるものだ。
金井は、無印良品を表すコピーを捻り出す現役チームに対し、「ドーナツの真ん中は空けておいてよ。言葉で埋めるのでなく、みんなが考え続けられるように」と思っているそうだ。固定されず余白があるから、変化していける。このカンファレンスの受け止め方も参加者の数だけあり、均一でないということが、新たな価値の創出につながっていく。


