分散とAIと未来の価値
「弱みを強みにする」のは、人類が生き延びてきた戦略だと人類学者の山極壽一は言う。そして今、テクノロジーの進化が「人類を農耕と定住から解放してくれる可能性がある」と説く。
そもそも小規模な集団で狩猟と採取を行ってきた人間は、定住や所有に慣れておらず、それゆえ暴力や戦争を繰り返してきた。「人はほっといたら争い合うとして、権力の必要性を説いた17世紀のホッブズも間違っていた」と山極。移動がたやすくなった社会では、所有の必要が薄れるためにシェアやコモンズが増加し、モノを介して人々がつながっていく。都市集中である必要がなくなり、地域や過疎にチャンスが生まれる。
AIと分散に関しては、千葉工業大学学長の伊藤穰一とパワーエックス代表の伊藤正裕が登壇した“イベーション”のセッションでも語られた。
AIと人間の違いは身体や感覚の有無だと言われるが、伊藤穰一は、AIが処理できるものは「言葉や数字などシンボルになっている既存データ」であることを強調する。人間の脳内にあることにはリーチできず、過去の延長にある発想しかできない。皆で同じデータをあてにしては、新しいアイデアも生まれにくい。
「永遠にエネルギーに困らない地球」を掲げて蓄電池事業を進める伊藤正裕は、より具体的な分散のあり方を提示する。太陽光発電には環境を害するイメージもつきまとうが、現在エネルギー自給率が12%の日本において、再生エネルギーで4〜5割をまかなうために必要なのは国土のわずか1.3%。「AIと人間が電力を取り合うかもしれない未来において、ワット(電力)とビット(通信)を戦略的に最適配置する。その際に、日射量の多い西日本にデータセンターを集中させる」。こうした土地の特性をいかした発展はほかの地域でも見込めるだろう。
KEYWORD 03|パワーエックス
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(c)PowerX 2021年に東京で創業した同社は、岡山県玉野市に蓄電池工場「Power Base」を開設し、25年に本社を移転。世界中から優秀なエンジニアを集めるべく、著名建築家・妹島和世が設計を手がけた。雪が降らず、台風直撃の可能性も低く、南海トラフ地震の津波も到達まで3時間以上かかるといった安全性の高さが移転の決め手になったという。
「後ろちゃうか? 先行くなよ」
イノベーションが“未来の価値”を生むとして、変わらない価値となんだろうか。それは存在するのだろうか。このお題を受け、昨年良品計画の会長を退任した金井政明と、高知を拠点とするデザイナーの梅原真が登壇した。
無印良品の始まりは1980年、過度な生産や消費へのアンチテーゼとして生まれ、「簡素であることが誇らしくあるような世界を提示してきた」と、金井と長く仕事をした原は言う。
「“しるし”はありませんが、良い品です」に代表される逆説を用い、「有り余るより足るだけで満足し、高価なものより愛おしいものたちとの暮らし。見捨てられていたようなものを拾い上げて、共感を得てきた」と金井。その企業は今、国内よりも国外に店舗が多く、時価総額は2兆円(25年7月)のグローバル企業となっている。


