瀬戸内における「海」の価値
ところで、海は外と内を隔てるものだが、こと瀬戸内の人々にとっては、海は「つなぐ」要素のほうが大きいようである。例えば、倉敷にある日本初の私立西洋美術館、大原美術館の代表理事大原あかねは、商人や旅人が異なる文化をもち込み、そこで新たな価値が生まれることで街が繁栄してきたという。
直島から始まった福武財団のアートのプロジェクトは、「瀬戸内国際芸術祭」で広域に拡大し、6回目の今年は17エリアで約250作品を発表。それは島間の移動をつなぐとともに、「人が出ていく地域」から「人が訪れる地域」へと逆転させたことが島民のプライドを高めている。
岡山では、後楽園や岡山城、前川國男建築といった既存資産のある駅前エリアに、石川文化復興財団がアートスペースや宿泊施設を新設し、街の回遊を促す。「瀬戸内のゲートウェイ」としてのまちづくりを進めるなか、今年3月には、瀬戸田を拠点とするStapleが“クリエイティブ&カルチャー”を意味するスモールホテル「C&C」を開業。「直島や倉敷もそうですが、財団がきっかけをつくると、プレイヤーが集まり、生態系ができていく」と石川は語る。
この地域の新たな動きが、神原・ツネイシ文化財団が立ち上げた「ひろしま国際建築祭」だ。代表の神原勝成はその成り立ちを、「20年ほど前、日本の造船業が衰退していくなかで、グループの関連施設を著名な建築家につくってもらえばいずれ観光コンテンツになるのではと考えた」と明かす。
造船所は市街地から離れた場所にあり、もともと従業員のために病院や商業施設を建ててきたという流れもあった。藤本壮介、谷尻誠、中村拓志らによる建築が増え、「最近は丹下健三の自邸を復刻など、過去の建物を現代に生かすことに目を向けている」と神原。建築祭には、安藤忠雄や坂茂などの著名建築家から若手まで23組が参加した。
瀬戸内とひとくくりに並べたが、実は倉敷、直島、岡山、広島の移動はそこまでスムーズではない。それを「海路でつなぐ」のも手かもしれないが、果たして不便さは悪だろうか?
セッションのモデレーターを務めたボストンコンサルティンググループ元日本代表の御立尚資は、「インバウンドが増えているが、3000万人を4000万、6000万に増やし続けることに意味はあるのか。それよりも、今の人数のままで滞在期間が延び、『ゆっくり過ごすほうが豊かである』という考え方もあるのでは」と語り、それを瀬戸内の強みにできるはずだと提案した。
KEYWORD 02|ひろしま国際建築祭 2025
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(c)Hiroshima Architecture Exhibition 広島の福山・尾道を中心に、『つなぐ「建築」で感じる、私たちの“新しい未来”』をテーマに掲げる国際建築祭が10月4日から11月30日まで開催された。丹下健三、安藤忠雄らが手がける名建築も多い瀬戸内で今後3年おきに実施予定だ。写真は「ナイン・ヴィジョンズ|日本から世界へ跳躍する9人の建築家」の展覧会場。


