「ベビースキーマ」という概念
では成虫はどうか。ご存知の通り、テントウムシの成虫は小さくて艶があり、丸っこい。このデザインは私たちにあるものを連想させる。そう、赤ん坊である。
ベビースキーマと呼ばれる概念がある。人間は赤ん坊の特徴……たとえば大きな目、丸っこさ、短い手足など……を持つものを本能的に可愛らしいと思うという理論で、キャラクターデザインなどにも有効に活用されている。
もちろん、テントウムシの成虫と人間の赤ん坊を同一視するわけではない。ただ、テントウムシはいくつかの点でベビースキーマをクリアしているため、可愛らしいと思われがちであるというだけの話だ。テントウムシを単なる虫だと考えて気持ち悪がっている人が間違っているというわけでもない。実際、大きな声では言えないが筆者自身、テントウムシが可愛らしいとはあまり思えない。
人の美的感覚は様々だが、本能に紐付けられている部分が多く存在しているのは確かだ。現代社会では少なくない人々が艶のある肌を維持しようと努力している。街はベビースキーマを踏襲したキャラクターに溢れているし、中にはメイクなどによってそれを再現しようとする人もいる。
しかし、私たちの考える「美」の領域は本能に制限されるほど狭量なものでもない。映画などのメディアにはエイリアンを代表とするグロテスクなデザインが多数登場するが、人はそれをクールだと思うことができる。危なっかしい廃墟に儚さを見出すこともできる。「老いの美学」という言葉だって存在する。
私たちは本能的な動物だが、理性的な動物でもある。ただ避けて通るのではなく、様々な「美」に(同意できるかはともかくとして)気付いていくことは、きっと世界を広げる助けとなる。
そうでなければ、ここまで脳を発達させ、未熟な状態で生まれ落ち、世界とともに成長してよちよちと立ち上がった甲斐がないというものだ。
松尾優人◎2012年より金融企業勤務。現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。


