OpenAIのアルトマンとの出会いから生まれた、数億円規模の資金提供
そんなレスニックを救ったのが、当時熱心なテック投資家だったOpenAIのサム・アルトマンCEOだった。2020年、レスニックは、友人の友人で投資案件を探しているという人物とオンラインで話す機会を得た。
その人物は、Zoomに上半身裸でベッドの上から参加し、レスニックのプレゼンの途中で話を遮り、「自分は投資しないが、紹介はできる」と語った。その紹介先の1人に、アルトマンの元ビジネスパートナーが含まれていた。それから間もなくアルトマン本人からレスニック宛にメールが届き、売上・顧客・製品の利用例・成長率、そして調達予定額などを次々と尋ねてきた。レスニックは即座に返信した。その36時間後、アルトマンは「分かった。投資したい」と返信した。
そして200万ドル(約3億1000万円)の小切手が届いた。アルトマンは、Scale AI(スケールAI)創業者でビリオネアのアレクサンダー・ワンにも声をかけ、彼も15万ドル(約2300万円)を出資した。「あれは僕の人生を変えた出来事だった」とレスニックは語る。「本当に必要だった資金と信用を手にすることができた。それで初めて本社オフィスを構え、最初の社員を雇うことができた」。
著名VCのインデックス・ベンチャーズが主導、総額155億円の資金調達
これらの出資が、次の大規模な資金調達ラウンドにつながった。Brincは、2021年のシリーズAで2500万ドル(約39億円)を調達したが、このラウンドは、ワンから紹介を受けた著名ベンチャーキャピタル(VC)のインデックス・ベンチャーズが主導した。2025年4月の7500万ドル(約116億円)のラウンドも、同VCがリード投資家を務めた。レスニックは2022年にフォーブス「30 Under 30」に選出され、同じ年にピーター・ティールも少額を出資した。
「彼はスポンジのように何でも吸収するタイプなんだ」と、インデックスのパートナー、ブラド・ロクテフは語る。「まだ学ぶべきことがたくさんあると自覚できるかどうかは、起業家にとって非常に重要だ。それは特に、若くして会社を立ち上げた場合はなおさらだ」。
過酷な環境での耐久性と、窓ガラスを粉砕する様子を実演
レスニックは、Brincが2021年に移転した広さ約2000平方メートルのシアトルの拠点に取材班を招き、ラスベガス警察が最初に行ったドローンのテストを再現してみせた。飛行中のLemurを手で押し下げて地面に落とすと、機体は激しい羽音を立てながら自動で姿勢を立て直し、すぐに目線の高さまで戻ってきた。手元のコントローラーには、その様子がカメラのライブ映像で映し出されていた。
Brincは通信大手3社と提携しており、レスニックがスマートフォンを操作すると、Lemurの内蔵回線に直接アクセスできた。続いて彼は、タングステンと炭素を組み合わせた極めて硬い素材で作られた先端部を使い、Lemurがいかに素早く窓ガラスを粉砕できるかを実演してみせた。ガラスの破片が外の駐車場に飛び散った。
全米を飛び回るトップセールスと、現場から上がる厳しい性能評価
レスニックはここ最近、本社にほとんどいない。週に3日は出張に出て、各地の警察署長や市長にレスポンダーの売り込みをして回っているためだ。ラスベガス警察を退職したハドラーも、時々同行している。現在はBrincの「カスタマーサクセス担当バイスプレジデント」を務める彼は、各地の警官にドローンの使い方を教えている。レスニックによると、全米のSWATチームの約15%に使用されているLemurは今、同社製品の中でも断トツのヒット商品になっている。
しかし、Brincの製品は極限環境ではDJIに太刀打ちできないという声もある。ユタ州の山岳救助協会に所属するカイル・ノードフォースは、SWAT支援やロッキー山脈での救助のためにドローンを運用している人物だ。「Brincの機体は、信頼性、機動性、スピードのどれを取っても、命に関わる現場で必要とされるレベルに達していない。DJIのほうがあらゆる面で優れている」と話す。
警察内部からも似た声がある。ニュージャージー州で警察用ドローンを操縦し、Lemurも使ったことがあるルイス・フィゲイレドだ。彼は「航続距離では劣っている」と指摘し、ガラス破壊機能についても「意図どおりに作動しないことがある」と述べた。
米国市場で多くの顧客を抱える競合他社に対し、大きな差をつけられているBrinc
仮に、DJIが最終的に禁止されたとしても、Brincは米国の大手と競合する。カリフォルニア州サンマテオ拠点のSkydio(スカイディオ)は、アンドリーセン・ホロウィッツを含む著名VCから、7億3000万ドル(約1132億円)以上を調達し、1000を超える顧客を公共安全分野のみで抱えている。移民・関税執行局(ICE)は2021年以降、Skydio製ドローンに140万ドル(約2億2000万円)を投じている。一方、同局のBrincへの支出額は8万ドル(約1200万円)と、その差は歴然としている。ニューヨーク市警は、Skydio製品を41機、DJI製を40機を所有しているが、Brinc製は6機のみだ。
一方Brincには、もう1つの明確な市場機会がある。防衛分野だ。ロシアがウクライナへの侵攻を開始した2022年、同社は捜索救助任務を支援するため60機のLemurをキーウに送った。ただ、レスニックは国防総省の担当者といくつか意見交換を行ったものの、本格的にペンタゴンとの契約獲得を追求することはしなかった。それでも、ウクライナでの経験は、妨害電波やGPS撹乱が常態化する環境でも作動する機体を設計するうえで大きな学びとなった。
とはいえ、Brincが戦時下で重要な役割を担う日が、いずれ訪れるかもしれない。「民主主義が存続することに強い関心がある」とレスニックは語る。もし米国が中国との戦争に突入するような事態になれば、彼は音楽フェスの銃撃事件の直後と同じように、「ただ傍観してはいられない」と感じるはずだ。


