世界のドローンの70%を中国メーカーの製品が占める中、サム・アルトマンやピーター・ティールの支援を受ける25歳の起業家が、自社のドローンを米国の警察の“最有力のツール”にしようとしている。その構想を一気に後押しするかもしれないのが、連邦政府による中国製ドローン企業1社の禁止措置だ。
犯罪現場の状況をドローンで把握する米国の警察
ドローンメーカー、Brinc(ブリンク)の製品は、全米各地の警察で使用されている。ある日、アリゾナ州フェニックスの郊外の町クイーンクリークで、「恋人に首を絞められそうになっている」との女性からの911通報があった。警官が現場に急行したものの、容疑者はその隙に逃走していた。そこで、Brincの「レスポンダー」ドローンが上空から行方を追った。
すると4分ほどで幹線道路のそばにいる男をドローンが発見した。警官が近づこうとすると、「銃を持っている。いつでも撃てる」と男は叫んだ。しかし、カメラでズームインすると、それが嘘だと分かった。警官は安全に距離を縮め、男を逮捕した。ドローンはその後、警察署の屋上に設置された「ネスト」と呼ばれる約1.5メートル四方の充電ドックに帰還した。
世界市場で圧倒的なシェアを握るドローン大手DJIと、わずかなシェアのBrinc
犯罪現場の状況をドローンで把握することは、今や米国の警察では珍しいものではなくなった。だが、そのドローンが米国製であることはまれだ。中国の大手ドローンメーカーDJIは、2024年市場規模が推定約186億ドル(約2.9兆円。1ドル=155円換算)という政府機関・企業向けドローン分野において、世界で70%のシェアを握る。またドローンを保有する米国の治安機関の場合は8割超がDJI製だが、Brincのシェアは7%にすぎない。
しかし、Brincと25歳の創業者ブレイク・レスニックにとって重要なのは、レスポンダーが中国の深センではなくシアトルで製造されている点だ。レスニックは、米国の警察が間もなく自身の選択で、もしくは必要に迫られて米国製ドローンを使うようになると考えている。
DJI製ドローンなど法規制で進む中国製品の排除と、米国製導入を阻む価格の壁
DJI製ドローンは、米国防権限法(NDAA)に基づき、NSAまたは適切な国家安全保障機関によるセキュリティ審査が2025年12月23日までに実施されなければ、連邦通信委員会(FCC)の「カバードリスト(Covered List)」に自動的に掲載される。その場合、新たなDJI製ドローンは、米国内で事実上輸入や販売ができなくなる見通しだ。
ただし、「中国メーカーのデバイスのほうが安価で信頼性が高く、技術的にも優れている」と語る警官や救急隊員にとって、これは受け入れがたい措置だ。DJIの警察向け高性能モデル「Matrice M30T」は約1万5000ドル(約233万円)で購入できる一方、Brincの同等モデルであるレスポンダーは2万ドル(約310万円)からだ。レスニック自身も「DJIは驚くほど低価格で非常に優れた製品を作っている」と認めている。
安全保障の懸念を好機と捉え、ビリオネアから総額約243億円を調達
だが、安全保障上の懸念が存在する分野では、ビジネスの機会も生まれる。米国第一主義の追い風に乗るレスニック率いるBrincは、モトローラやロンドンのインデックス・ベンチャーズに加え、サム・アルトマン、ピーター・ティール、フィグマ共同創業者ディラン・フィールドといったビリオネアから総額1億5700万ドル(約243億円)を調達し、評価額は4億8000万ドル(約744億円)に達した。
レスニックは、地政学的な争いの中で自らがどんな立場にいるかを隠そうとしない。彼は「自由世界が世界のドローン市場の5%未満しか握っていない状況は健全ではないと思う」とシアトルの本社オフィスで語る。窓の向こうには、青い作業着を着たエンジニアがレスポンダー用の充電ネストを組み立てる姿が並んで見える。「最終的な到達点は、われわれが“西側のDJI”になることだ」。



