東京都では、昨年度より「持続可能性(社会的インパクト)」と「成長(経済的リターン)」の両立を目指す社会起業家やスタートアップなどと自治体・大企業等との共創を促進し、社会課題解決を図るプロジェクト「TOKYO Co-cial IMPACT」をスタートした。本事業は、今年度も継続して実施される。
昨年度のスタジオプログラム参加者の小室拓巳は、寄付市場活性化を目的としたサービスの開発に取り組む社会起業家。プログラムを通じて事業や小室自身の姿勢はどのように変化したのか、支援者の1人であり、社会課題をテーマに複数の事業を運営するリディラバの筒井崇生とともに語り合った。
「寄付」の課題に着目した現役大学生
「目指しているのは、日本の寄付市場の活性化。どうすれば寄付する人を増やし、寄付市場のパイ自体を大きくすることができるかという点に着目しています」
そう語るのは、現在(2025年11月時点)横浜国立大学4年生で、ZOYO創業者の小室拓巳(以下、小室)。ZOYOでは、ネットショッピングのおつりで寄付できる「ポチキフ」などのサービスを展開し、寄付への興味を持っていながらもアクションには至らない「潜在的寄付者」へのアプローチに取り組んでいる。
「『ポチキフ』は、ECサイトに募金機能を組み込むことができるサービスです。ECサイトの決済画面におつり(=購入金額の100円未満の端数を切り上げた差額)を募金するかどうかのチェックボックスが表示されて、ワンクリックで寄付することができます。数十円という少額から、買い物ついでに気軽に募金できるため、余計な手間やお金がかからず、寄付へのハードルを大幅に下げた仕組みが特徴です。昨年度の『TOKYO Co-cial IMPACT』のスタジオプログラムを通して、このポチキフの事業化に取り組みました」(小室)
事業化の過程で小室をサポートしたメンバーの1人が、リディラバの筒井崇生(以下、筒井)だ。もともと学生団体を対象としたスタディツアーを企画・運営していたリディラバは、「問題の発見」「社会化」「資源投入」という3つのプロセスに分けて事業を展開し、幅広いアプローチで社会課題解決に取り組んでいる。「TOKYO Co-cial IMPACT」では、エントリープログラムの講師やスタジオプログラムのメンターとして、起業家を支援する役割を担う。
「小室さんから初めてポチキフの話を聞いたとき、着眼点が非常に面白いと感じました。寄付市場に限らず、社会課題解決の取り組みにお金が流れていかないという問題は非常に大きなポイントで、あえてそこに切り込んでいく姿勢にとても共感できたのです。もっとも、アプローチの方法については、初期段階では見通しが甘いところも散見されました。それでもしっかりと、考え抜かれたうえでの仮説を立て、それだけの行動量を積み上げていることが想像できたので、期待感は大きかったですね」(筒井)
プロセスに満足せず、ファクトに着目し、結果にコミットを
初期のフェーズではポチキフというアイデアがあるばかりで、事業化するための知見やネットワークなど、「とにかく足りないものばかりだった」と小室は語る。実際にスタジオプログラムに参加したことで、どのようなアクションが生まれたのだろうか。
「プログラムに参加した半年間は、メンターの方と約1時間の壁打ちを週1回という高頻度で行っていただきました。今週の進展はどうだったか、今、何につまずいているかを言語化し、ネクストアクションに簡単なKPIを定めて、次の週までに実行する。このサイクルを繰り返すことで、事業化に向けて確かな進捗が得られたという実感があります。
もう1つ、スタジオプログラムを通して絶対に達成したかったのが、ポチキフのベータ版を実際にECサイトに組み込んで、PoCを実施することです。数十社の企業にアプローチして、ベータ版の検証に協力まで漕ぎつけられたことは、非常に有意義でした」(小室)
小室はほかにも、法人登記の事務作業等について事務局から助言を受けたり、行政書士など専門家につないでもらったりと、プログラムのリソースを最大限に活用した。
半年間にわたる「TOKYO Co-cial IMPACT」のスタジオプログラムを終え、大きく2つの変化があったという。
「多くの社会課題解決型ビジネス同様、ポチキフもまた不確実性の高い事業だといえます。この不確実性を乗り越えるための仮説の構築と検証を幾度となく繰り返すなかで、失敗することに抵抗を覚えなくなり、その結果としてPDCAをより速く回せるようになりました。
また、私は社会課題を構造化して、それを解決するためのレバレッジポイントを探すのが好きだったりと、頭で考えて物事を進めがちなのですが、それだけではなく、手と足も動かして現場の知見や知識をしっかりと吸収していくことの大切さを学べました。頭を使うパスと、実際に現場に出て、手足を動かしながら何度も検証を積み重ねていくパスの切り替えができるようになってきたことも、今の自分のケイパビリティの1つだと考えています」(小室)
メンターの1人として小室を支えた筒井も、小室のスタジオプログラムの前後の変化について証言する。
「まず、立ち振る舞いが堂々として、より力強くなった印象です。これまでに多くの大学生らを支援してきましたが、そのなかでも小室さんはビジネスパーソンと会う機会が圧倒的に多かった。事業の世界観や貫きたいインパクトを物怖じせずにアウトプットしていける点は、飛躍的に成長したと感じます。
もう1つは、やはり社会課題解決に対して『事業』という目線でより向き合えるようになったことも大きい。インパクトと事業性のどちらかに偏ることなく、同じバランスで思考のブリッジを確立できるようになって、今後、さらにステージアップすることを期待しています」(筒井)
「実は、高校時代に募金活動を行っていたこともあり、ポチキフ以前にタッチ決済で募金ができるキャッシュレス募金箱みたいなものを自作したことがあるんです。その募金箱ではインパクトもビジネスも創出できませんでしたが、自分が突き詰めた事業アイデアを捨てるのはなかなか難しいんですよね。
しかし、『TOKYO Co-cial IMPACT』のスタジオプログラムを通じて、社会課題解決に取り組むプロセスに満足するのではなく、それによって本当にインパクトを起こせるのか、その揺るがないファクトにきちんと着目し、結果にコミットすることこそが重要だと考えるようになりました。私自身のマインドセットも大きく変化したのです」(小室)
社会起業家の支援に必要なエコシステムとその活かし方
社会起業家への支援では、何が重要なのか。そこで「TOKYO Co-cial IMPACT」が果たせる役割とはどのようなものなのか。これまで多くの社会起業家の支援に携わってきた筒井の回答は明快だ。
「支援には、3つの重要な要素があります。まず、起業家を育てていくこと。次に、起業家や事業者に経済的なインセンティブが得られるよう、社会課題解決に取り組む事業のトップラインが伸びていく仕組みを制度も含め整えていくこと。さらに、起業家を支え、支援者にもリターンが広がるような金融のエコシステムを構築していくことです。例えば、上場市場においても企業が課題解決を最優先に志向し事業活動を行うことが、株価にもプレミアとして跳ね返っていくといった仕組みづくりなどすべてが一体となって進められる必要があると考えています。
起業家を育てていくという点に関して、それぞれのフェーズで適切な支援を受けられる『TOKYO Co-cial IMPACT』は出色のプログラムです。過去にさまざまな支援プログラムに携わってきた私の目から見ても、これほどまでに幅広い領域をカバーしつつ、各分野のプロフェッショナルが1つの船に乗ってくれる取り組みは極めてまれだといえます。本気で事業を立ち上げようとするときに必要なものは全部そろっているので、半年間でそのリソースを使い倒してやろうというぐらいの覚悟をもって参加してほしいですね」(筒井)
小室はポチキフに続いて、誰でも・簡単に・ほんの気持ちをおくれる、デジタルチップサービス「ポチップ」の事業化を目指す。そこには、特定の職種に限らず、例えば保育士や看護師のようなエッセンシャルワーカーの人々が仕事を続けやすくなるようにという、小室の願いが込められている。これは、社会課題解決型のビジネスの今後の可能性を信じるからこその新たな取り組みだ。
「2010年代まではスタートアップで起業するのがメインストリームでしたが、近年ではスタートアップがマスで取れるような市場は取りつくされた感があります。また、近年はやりのAIビジネスは、ファイナンスの大きさが幅を利かせる領域で、誰でも簡単に手を出せません。一方、社会課題解決型のビジネスは、難易度の高い挑戦にはなるものの、未着手の領域が多いブルーオーシャンで、事業性と社会性が合致したときのアウトカムには大きな可能性がある。実際、私たち学生の間でも、社会課題解決型ビジネスへの注目、存在感は高まっています。
ただ、起業経験もない人がインパクトを創出し、それを事業としても成立させるのは至難の業です。だからこそ、『TOKYO Co-cial IMPACT』のような支援プログラムに意義がある。やりたいと思った熱量はその人にしかないもので、それをどう社会にブーストさせていけるかが本当に大切なんだと、あらためて思いました」(小室)
「付け加えると、同時に素直さや柔軟性も大切です。プログラムではさまざまな人のフィードバックが受けられますが、ここは譲れない、という思いが強すぎると、事業に反映されていきません。仮説検証を繰り返してインパクトを測り、意思決定を回せる事業は伸びる。思いの強さと思考の柔軟性、このバランスが大事だと思います」(筒井)
TOKYO Co-cial IMPACT
https://tokyo-co-cial-impact.metro.tokyo.lg.jp/
こむろ・たくみ◎ZOYO代表取締役。一般社団法人アクトポート代表理事。横浜国立大学経営学部4年生。20歳でサステナビリティをテーマに教育コンテンツの企画・制作や出張授業・ワークショップを行う一般社団法人アクトポートを創業。高校時代に募金活動をしたことから寄付に関心を持ち、株式会社ZOYOを創業。ネットショッピングのおつりで寄付ができるサービス「ポチキフ」、誰でも・簡単に・ほんの気持ちをおくれる、デジタルチップサービス「ポチップ」の開発に取り組む。経産省主催の社会起業家アクセラレーションプログラム「ゼロイチ」にて最優秀賞を受賞。
つつい・たかのり◎リディラバ事業開発チームサブリーダー。早稲田大学を卒業後、通信業界のベンチャー企業にてBtoC営業、マネジメント業務を担当し、2チームのV字回復に従事した後にリディラバへ参画。 大手企業との社会課題解決型事業創出の伴走支援や、大学生・社会人を対象とした社会起業家創出支援に携わる。現在では自社事業の統括として、インパクト投資や寄付を通じた社会課題解決マーケットの創出や、「子ども体験格差」などの社会全体へのイシューレイジングが必要な社会課題領域の課題解決に取り組んでいる。



