こうした技術革新が多方面で進む中、その多様性の意義こそ見落としてはならないと食システムマネジメント分野に詳しい早稲田大学理工学術院の野中朋美教授は次のように指摘する。「食に限らず、技術や解決策を検討する際には、既存のサイエンスやエンジニアリングの尺度でしか評価できないという限界がある。特に食は、人体に取り入れるものなので、影響・評価を現時点で人が把握しきれないこともありうる。そのために、技術革新は多様な視点やアプローチをあらかじめ備え、長期的な視座を持つことが重要です」
2)「代替・需要変化」─脳が喜ぶ代替品
石油危機は多様なエネルギー源の代替を促した。中東以外からのLNG導入が進み、環境負荷の低減とともに、太陽光・風力・地熱といった再生可能エネルギーの研究開発が国家政策として推進された。では、この動きをプロテイン・クライシスに重ねてみよう。
代替タンパク質は、1960年代から欧米でベジタリアンやマクロビオティックの流れを背景に大豆ミートが開発され普及してきた。2010年代に入ると、環境負荷の低減や持続可能性がキーワードとなり、Beyond MeatやImpossible Foodsといったスタートアップが急成長。日本でも古くからいなごやはちのこなどの昆虫食文化が存在し、近年は栄養価や環境面から世界的に再評価されている。そんななか、メインテーマは単なる「代替」ではなく、「満足できる代替」へと進化しつつある。
チャレンジするのは、不二製油の「MIRAC0RE」だ。プラント(植物)ベースフードの「おいしいけれど物足りない」に挑戦するこの技術ブランドは、動物性食品特有の「満足感」を植物性のタンパクと油脂で表現、世界中のどんな味にも応用できる。筆者もこの植物性のダシを使ったイクラ、チリコンカン、エビのビスクなどを食させていただいたが、従来のものと同じく、またそれ以上の味わいや風味も感じられた。
「食革命だと思います」。MIRACOREの事業アドバイザーで、宮城でオーベルジュ「風の沢 art&cuisine」を営む高山仁志シェフは言う。「畜肉のうち、いわゆる皆さんが食べるステーキやチキンなど口に入る肉は全体の4-5割くらい。ペットフードや飼料用以外で、残りはものをおいしくするために使われる。つまり、ダシやエキスの原料として活用されるんです」。例えば、エビのビスクをつくるために、1人前のスープで殻付きエビ4-5尾分が必要だといわれる。ラーメンのスープも同様。そんなエキスを取るためだけに大量の動物を消費するという非効率を是正するために、この「MIRACORE」が生きる。
さらに、動物性食品には多くの輸出制約があり、畜肉エキスやかつお節は国によって禁輸されている。
しかし、この技術ならその条件をクリアできるのだ。また、踊り場を迎えていた代替肉市場に登場した新たな日本発の技術が、米とこうじの発酵から生まれた「マイコプロテイン」だ。東京大学でバイオマス研究に携わってきた佐賀清崇代表が21年に設立したアグロルーデンスがもつ特許技術で、米を加熱し、アミラーゼ処理をすることで米のタンパク質を抽出。そこにこうじ菌を加えて発酵させることで、菌糸が米タンパク質の隙間に伸び、ひき肉のような食感をつくる。さらにこうじ菌がタンパク質を分解することでうまみ成分が飛躍的にあがり、従来の代替肉の課題であった味と食感を克服。それだけではない。環境面においても、牛に比べ、温室効果ガス排出量は約3分の1、成長に必要な水の量も40分の1と優しい。
KEYWORD|MIRACORE
2021年に不二製油が立ち上げた、植物性の力を使った食のコア技術のブランド「MIRACORE」。この技術を使い、現在、チキンタイプ、ビーフタイプなど、開発中のものを含め6種類のベースとなる植物性ダシ「MIRA-Dashi」がある。すでに外食市場をはじめ広がりを見せている。




