だが、それは単なる1つの障壁に過ぎない。とはいえ、非常に大きな障壁だ。子どもの連れ去りやアパートでの家族虐殺、兵士の処刑など、ロシアが非難されているあらゆる人権侵害の記録を考慮すれば、ウクライナ人に「諦めて金持ちになって忘れろ」と言うのは、まったくもって不合理なことのように思われる。特にウクライナ人は常に欧州の一員になることを夢見てきたからだ。しかし、ここでもう1つの重大な問題は、ロシア占領地域の境界線と法的地位を定めることだ。ロシアは、アプハジアのようなジョージアの分離地域など、一時的に占領した地域を時間をかけて実質的に吸収してきた。ウクライナ人はそれをよく理解している。ウクライナ人は最初から、血にまみれた戦争犯罪者と見なす人物に、金銭と引き換えに土地を譲り渡すことになるのだと知っていたのだ。だからこそウクライナ人は欧州の一員としての未来にこれほどまでに固執し、ロシアの引き立て役という遺産に伴う、長きにわたる道徳的違反の歴史を捨て去ろうとしているのだ。
何よりウクライナ人は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が境界線で手を引くとは思っていない。米国の投資と安全の保証だけでは不十分だ。西側諸国はソビエト連邦崩壊後のエネルギー施設に多額の投資を行ったが、それでもロシアの侵略を抑止することはできなかった。実際にはその逆の効果をもたらし、石油企業や銀行が制裁を阻止するよう圧力をかけた。結局のところ、ウクライナにおけるロシアの占領線と支配の緩やかな拡大は、米国による安全の保証によって抑止されることはないだろう。プーチン大統領は、投資を人質に取っているのは自身であり、その逆ではないことを理解しているからだ。同大統領が何をしようと、外部の企業が巨額の投資を全面的に犠牲にすることはないだろう。それもウクライナ人は知っている。
ウォールストリート・ジャーナルの記事によれば、この戦略的合意案では、欧州が明示的に、中国が暗黙的に除外されている。第一は米国建国以来、事実上前例がなく、第二は米国のリチャード・ニクソン元大統領がソ連と中国の間に亀裂を生じさせて以来の広範な政策の転換となる。この大転換こそ、ロシアを冷戦時代の最高の状態に戻そうと奮闘するプーチン大統領の長年にわたる静かな戦略的な夢だった。それは欧州と中国を分断させ、ロシアが上海協力機構(SCO)などを通じて両者と別々に取引を行い、自由に支配できるようにすることだ。当然のことながら、欧州も中国もこれを黙って受け入れることはないだろう。欧州は既に報復として、この計画を暴露した。しかし残念ながら、プーチン大統領の思惑に任せきりになっている欧州諸国は、今後大きな障害となるほど十分に結束していない。中国に関しては、台湾を含む東アジア地域に対する中国の動きにロシアが反対する可能性は低い。米中のいかなる対立も、ロシアにとっては歓迎すべきことだろう。


