「旅行」という商品の特性が引き起こす
日本国内で外国人観光客が訪れる地域に大きな偏りがあるのは、「観光」という人の移動をともなう現象、そして「旅行」という商品の特性が引き起こすもう1つの側面もある。筆者はこれを「観光の理不尽」と呼んでいる。
たとえば、ネット上の旅行サイトを思い起こしてほしい。そこにはあらゆる国の目的先のツアー内容をコンパクトに記した商品リストが並んでいる。ユーザーはそれを価格別に検索し、一覧に並べ替えて比較する。これは消費者にとって便利なことだ。
だが、観光地の側、すなわち観光客を迎える側のサービスやコンテンツの提供者にとってはどうだろう。今日の商品経済では、どんな製造業者や小売業者、サービス業者であれ、提供する商品を自ら価格設定して、他社と競い合うのが常である。
そのため、旅行商品においては、自分の住む地域やふるさとの観光地、ホテルの関係者やそこに食材を収める地元の農家などが提供するさまざまなコンテンツが総合的に商品化され、海外の観光地と比較される。
毎年開催されている日本政府観光局主催の「ツーリズムEXPOジャパン」の会場の一部に「VISIT JAPANトラベル&MICEマート」というインバウンド商談会がある。
そこは日本の魅力的な観光地や宿泊施設に自国の客を送り込みたい海外の旅行業者であるバイヤーと、彼らに自らを売り込む日本各地の関係者がサプライヤーとなって一堂に会し、商談が繰り広げられる場だ。海外メディアも来日し、自国民の好みそうなニュースバリューのある日本の新しい観光資源を取材するためにやって来る。
そこで見られるのは、自然景観から食、都市の魅力、伝統文化、サブカルチャーに至るまで、あらゆる日本のコンテンツが外国人の目によって値踏みされている光景である。
しかも、Aというコンテンツは「2万9800円」、Bは「3万9800円」といったぐあいに値決めされていくのだが、そこにどんな合理性があるのか、双方の交渉次第ともいえる。その指標は、単に知名度のせいなのか。どこがバイヤーに評価され、されなかったのか。それは相手が決めることであり、コンテンツの提供者にとっては心もとないことだろう。
さらに言えば、来日するバイヤーや外国人記者は、日本国内のみならず、他国の類似した観光地と比較したうえで評価を下す。たとえば、コスト面やアクセスの利便性、周辺のレストランやショッピング施設、アトラクションの質はどうか、といったさまざまな観点から仔細に検討し、自国の消費者の嗜好や特性を勘案しながら品定めするのだ。
そういう冷徹な目で見られていることを想像すると、観光とはなんと残酷で理不尽な世界だろうと思えてくる。自分たちの町の良さは自分たちがいちばん知っている。よその土地との比較なんて本来どうでもいい話だ。そう地元の人が思ったところで、観光客たちは「あそこは良かった、ここは悪かった」と無邪気に評定するのだ。
しかも、比較検討の基準や観点はそれぞれの国や人によって違うため、絶対的な評価にはならない。ある国と比べて優位になることが、他の国からみれば弱点になることもある。そういう相対比較の世界である以上、自分を誰に売り込むべきかをよく検討しなければならないだろう。マッチング次第で自らの評価が上がりも下がりもするのだから。
だが、よく考えてみると、1人の消費者として旅行に出て観光体験をするときには、自分もまた同じことをしていることに気づくのである。


