勝ち続ける方法論「高速開発システム」
一方、進化させるところはどこか。新たな体制下で中村が打ち出したのが、「高速開発システム」の全社展開である。
高速開発システムとは何か。それを説明するには、まずは味の素の稼ぎ頭のひとつである電子材料「味の素ビルドアップフィルム®」(ABF)が置かれた状況を理解する必要がある。
ABFは半導体パッケージ基板用の絶縁材料だ。従来はインキを塗布して絶縁していたものをフィルム状にすることで、基板の製造工程の効率化に成功した。詳しくは後述するが、中村はこれを若手のころに開発。半導体パッケージ基板用絶縁材料のスタンダードへと育て上げた。
しかし、顧客に一度採用されたら安泰というわけではなかった。
「半導体は2年に一回のペースで大幅に高性能化され、そのたびに材料も性能向上が求められます。一度金メダルを取ったとしても、2年後にはまた激しい競争をしないといけませんでした」
そんななか、金メダルを獲り続けるために培われたのが高速開発システムだ。
「まず、お客様の2年後のニーズを先読みして開発に着手します。2年後にお客様に呼ばれたときには、2つ以上の材料と、使い勝手の改良も含めたトータルソリューションを提案します。お客様が提案内容を評価している間に改善要求を想定して、その準備も進めておく。このやり方を確立したおかげで、ABFは今も金メダルを取り続けています」
高速開発システムが電子材料以外の領域でも通用することは、ブラジルで実証済みだ。ブラジル味の素の経営幹部に繰り返し説明して実践してもらったところ、食品事業では市場データからニーズを先読みして開発するようになり、新製品の上市量が倍になった。対マーケットだけではない。購買部門は社内の研究開発ニーズを先読みしてサプライヤーを分析し、取引先の評価リストを作成。開発スピードのアップに貢献した。
中村は「このやり方をグループ全体に定着させれば、味の素はもっと成長できる」と意気込む。背景にあるのは「健全な危機感」だ。
「昔は『うちは食品会社。ABFの事業は調子がいいときに売却すべきだ』と主張する幹部もいました。『味の素®』は農産物を発酵させてつくりますが、化学調味料と呼ばれて苦労した時代がありました。そのため、ケミストリー(化学)に抵抗感を抱く人が少なくなかったのです。いい製品ができても、いつ売却されるかわからない。高速開発システムは、その危機感から生まれました」
ブラジルで高速開発システムを実践するときも、中村は社員や幹部と危機感を共有するところから始めた。ブラジル味の素の売り上げは伸びていた。しかし、ブラジルはインフレ率が高く、それを差し引くと成長率はほぼ横ばいだ。ブラジルには、インフレ率以上に社員の賃金を上げなければいけないという規制もある。このままだと10年後は赤字になるという試算を見せ、危機感を醸成したところで「やり方を変えよう」と働きかけた。
社長になった今も危機感は変わらない。就任直後、中村は「米S&P 500企業の平均寿命は20年未満」という統計を示しながら、社員に「味の素は116年の歴史がありますが、今後も持続可能ですか」と問いかけた。
「先が読めない時代だからこそ、先読みしてリスクに備える必要があります。読みが外れたらアジャイルに変えていけばいい。今のままの状態が続くと思い込むことがいちばん危ない。たえず健全な危機感をもつことが、会社の持続的な成長につながるのです」


