アミノ酸で牛由来のGHGを減らす
こうして味の素は25年2月に、中村をトップに据えた新たな経営体制に移行した。新体制では、前任の藤江の体制を踏襲する部分もあれば進化させた部分もある。引き継ぐ部分について、中村は次のように解説する。
「私たちは23年に志(パーパス)を『アミノサイエンス®で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する』に進化させました。それを実現するASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営は当然引き継ぎます。また、『中期ASV経営 2030ロードマップ』の策定には私も常務としてかかわったので、しっかりコミットします」
「ASV」とは、事業を通じて社会価値と経済価値を共創する取り組みを指す。同社の事業はどれもASVに紐づいているが、特に社会価値の面で中村が注目している事業がふたつあるという。
ひとつは、牛用アミノ酸リジン製剤「AjiPro®-L」を活用した温室効果ガス(GHG)の削減だ。牛のふん尿やげっぷにはメタンや一酸化二窒素といったGHGが含まれている。牛の生育にかかわるGHG排出量は全世界のGHG排出量の約9.5%を占めているというから、決して無視できる量ではない。
「独自の造粒技術によりリジンという必須アミノ酸を効果的に牛の体内に届けることで、牛の健康維持だけでなく、メタンやふん尿の酸化窒化物が減り、牛1頭あたり年間約1トンのGHGを減らせます。同時に乳牛・肉牛ともに生産性が高まります。まさに社会価値と経済価値の両方を高める取り組みです。国内では北海道や鹿児島で取り組みを始め、海外でもブラジルなどで推進しています」
もうひとつが農地改良プロジェクトだ。うま味調味料「味の素®」は、原料のサトウキビやキャッサバから搾った糖蜜を発酵させてつくる。精製後の母液にはアミノ酸がまだ残り、ミネラルなどの栄養分も豊富だ。これを畑の土壌や葉面に散布すれば、農地の改良に役立つということがわかっている。
「ブラジルでは、この副産物からつくった肥料で劣化した農地を改善するプロジェクトが進んでいます。プロジェクトは、日本とブラジル両政府に働きかけて援助を得ています。うまくいけば環境負荷の軽減になるだけでなく、両国の関係強化にも役立てられます」
実は、中村はブラジル勤務4年目となるはずだった今年11月に、これらの取り組みをブラジル・ベレンで開催される国連気候変動枠組条約第30回締約国会議COP30)でアピールしようと準備していた。社長就任を打診されたときに後ろ髪を引かれたのは、ブラジルでの成果発表が控えていたことが大きかった。
現地の責任者としてCOP30を見届けることはかなわなかった。だが、牛由来のGHG削減やバイオサイクルの取り組みが求められるのはブラジルだけではない。社長に就任した現在は全社でASVを推進すべく、これらの取り組みを他地域へと広げていく考えだ。


