経済・社会

2025.12.02 11:15

シリコンバレー支配のAI時代、英オックスフォード大教授が説く「ハードxソフト」融合戦略

「日本経済をめぐる言説は、『失われた30年』に象徴されるように、失敗と衰退を語るものでした。私は、それとは異なる、より前向きな視座――過去よりも未来に目を向けた視点――を探ることに意義があるのではないかと考えました」

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2025年11月下旬に刊行された『新しい経済のつくり方 「人間中心」の日本型資本主義へ』(邦訳:東洋経済新報社刊;写真)のはしがきで、著者のD・ヒュー・ウィッタカーはそう語っている。英オックスフォード大学日産現代日本研究所所長を務めるウィッタカーは、日本経済、そして日本におけるイノベーションとテクノロジー経営(MOT)を専門に研究してきた。過去には同志社大学で教鞭を取るなど、日本社会を知悉する経済研究者の一人だ。

これが「最後のチャンス」――。悲壮感が漂うこの掛け声は、日本経済の文脈ではすっかりお馴染みとなった。しかしウィッタカー教授は、日本のデジタル・トランスフォーメーション(DX)とグリーン・トランスフォーメーション(GX)、そしてイノベーション・システムの再活性化に希望を見出し、「日本が新たなデジタルかつグリーンな経済の構築に向けた、実行可能なモデルを提示できる」のではないか、と同書で述べている。

GX企業が存在感を高め、AI(人工知能)開発企業が世界経済で多大な影響力をもつようになった今、教授が両輪の一つとして挙げるDXの現状をどう見るべきか。そのDXと「同じ軌道上にある」AIに対して取るべきアプローチとは。日本のリーダー層に必須の戦略思考で意識すべき点にも触れたインタビューを届けたい。

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――新著『新しい経済のつくり方 「人間中心」の日本型資本主義へ』は、日本の近年の経済・産業制度とその背景にあった戦略などを紐解きながら、日本経済にとっての希望となる領域に光を当てています。本書が生まれた経緯について教えてください。

D・ヒュー・ウィッタカー(以下、ウィッタカー): この本は、いくつかの疑問から構想しました。例えばその一つに、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)で「第5期科学技術基本計画」を主導した原山優子氏の講演で聞いた話などもあります。その講演では、STI(科学技術・イノベーション)政策の変化が語られていました。3.11などを経て、日本の経済が従来の競争力志向から、エコやレジリエンスといった社会的ニーズ重視へシフトしている、と。

イノベーション政策やイノベーションそのものが、本当に変わりつつあるのか。日本がグリーンな経済再構築に本気で取り組んでいるのか? 私はまず、そこに関心を抱きました。この変化は「Society 5.0」が掲げる「人間中心」という理念とも関連していました。では、その「人間中心」とは具体的に何を意味するのでしょう。日本の政策は、デジタル社会への移行をどう促進しようとしているのか。これも検証すべき論点です。

一方で、日本国外のコメンテーターの多くは、依然として「三本の矢」といったマクロ経済政策に固執している。主流は「失われた数十年」というナラティブであり、構造改革の遅れを批判する議論ばかり。私は、こうした既存の議論に強い違和感を覚えていました。そこで至ったのが、本書の核心的な問いです。「日本経済の構造自体に、大きな変化が起きているのではないか?」「もし起きているなら、その方向性は?」

戦後の製造業中心の経済は、1990年代以降、機能不全に陥り始めました。もし今、日本経済がSociety 5.0やサステナビリティを重視する方向へ本当に移行しているのなら、その制度的構成はどのようなものになるのか。そして、企業レベルの変化とマクロ経済の間に、「新たな補完関係」は生まれうるのか。これらこそが本書の出発点であり、日本経済の「今」に注目してもらおうと考えた動機なのです。

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文・写真 = 井関庸介

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