――日本は地政学的な観点からも独自の役割を果たせるということですね。2つ目の質問は、「ものづくり」についてです。高度経済成長後、韓国や中国といったアジア諸国が猛追し、大量生産に限って言えば追い抜いています。地政学的な緊張もあって、米国をはじめとした世界各国がハードウェアの国内製造に回帰しています。日本はそうした情勢にどう適応すべきだとお考えですか?
ウィッタカー:例えばトヨタ自動車は、「Woven by Toyota(ウーブン・バイ・トヨタ)」をもっています。ソフトウェアや自動運転技術の新事業開発部門的な役割が期待されているのでしょう。しかし、これがソフトウェア・ファーストなのか、ハードウェアと同等なのか、あるいは二番手なのか、という難しい問題があります。
この取り組みに懐疑的な人々は、依然として重点は「ものづくり」に置かれており、それがトヨタの「CASE(Connected:コネクティッド、Autonomous/Automated:自動化、Shared:シェアリング、Electric:電動化の頭文字を取った領域)」への対応を遅らせている、と言っています。伝統的にハードウェアが強みだった日本には、ソフトウェアとハードウェアをどう融合させるかという葛藤があるのでしょう。
拙著で取り上げた日立製作所は、主に海外のソフトウェア企業買収によって、その課題に上手に対応してきた例です。GlobalLogic買収でソフトウェアの弱点を補い、ごく最近もドイツ企業を買収しつつ、「ものづくり」の強みも維持できています(編集部註:日立製作所は2025年9月、独データ・AIサービス企業synvertを買収すると発表)。そのバランスは柔軟でなければなりません。
中国のような後発国は、一足飛びにソフトウェアへ参入し、今になって「ものづくり」のイノベーションを実現するという、いわば後から穴埋めをしているように見えます。実際、中国は自動運転車開発などではうまくいっています。
とはいえ、日本は素材やプロセス技術に多くの強みをもっています。維持すべき強みはあり、依然として競争力はあると思います。それでも、トヨタのように時代に適応しようとする姿勢が重要です。課題の「囚人」にならないことが必要なのです。
――イギリスは戦略的思考でよく知られた国です。現在の地政学的状況下では、戦略的思考の重要性がいっそう認識されています。この種の戦略的思考で特に意識すべき点について、日本の企業経営者やリーダーシップ層にどのように助言されますか?
ウィッタカー: 難しい問題です。なぜなら、私たちは今、予測不可能な世界に生きているからです。トランプ政権の関税が翌日には解除されたり、中国が政治的な必要性からレアアース(希土類)の輸出を停止したりします。リスキーな世界なのです。
戦前の日本は「インテリジェンス(諜報活動)」に長けていたと思います。現代の日本も、個々の企業レベルだけでなく、より組織的に情報収集し、そのインテリジェンスについて議論することに長けている必要があるのではないでしょうか。優れたインテリジェンスがあってこそ、企業は情報に基づいた戦略的決定を下せるからです。
インテリジェンスはますます重要になっています。大使館やシンクタンクを通じてどのような情報が収集されるのか――。そういったことを真剣に考える必要があり、企業もその種のインテリジェンスにもっと投資する必要があるかもしれません。


