愛について語るとき、たいていは愛をどう表すかが主なテーマとなる。深く気にかけ、一貫して寄り添い、大切な人に尽くしていることなどだ。もちろん、愛を与えることは、感受性や成熟度、感情的知性からなる称賛に値するスキルだ。防衛的になることなく温かさを提供し、見返りを求めることなく寛大に接することを学ぶことは、誰にとっても個人の成長においてマイルストーンとなる。
だが、この手の会話では愛を受け取る能力という点を見落としがちだ。多くの人、特に愛情が条件付きである環境で育った人にとって、愛は贈り物ではない。成果によって得られるリソースや報酬になっている。その結果、承認やコンプライアンス、つながりはすべて越え続けなければならないハードルになってしまう。
このパターンに陥る人は、最初はほとんどそのことに気づかない。当然のことながら、自分の習慣を「思慮深い」「平和を保っている」「関係を維持している」などと表現したがり、愛は確保して維持し、対価を支払わなければならないものという独りよがりの世界を構築していることに気づいていない。
以下は心理学的研究から導き出された、愛は自由に与えられるものという認識ではなく、知らず知らずのうちに「愛を獲得する」という考え方で動いているかもしれないことを示す4つの兆候だ。
1. 自己価値をパートナーの愛に依存する
誰かが愛を獲得しようとしていることを示す最も明確なシグナルの1つは、パートナーから受け取るその時々のフィードバックに自我が縛られるようになることにある。この傾向のことを、専門用語では関係依存型の自己評価と言う。
関係依存型の自己評価に関する研究によると、恋愛関係がうまくいっているかどうかで自己価値を決める人は感情の変動が激しく、関係の満足度が低い。そして拒絶されることにかなり敏感だという。
例えば、恋人が自分を褒めたり優しい態度をとったりすると、活力や自信を感じるかもしれない。だが、当たり障りのないテキストメッセージや心ここに在らずといったような口調は、ほぼ即座に不安を引き起こすかもしれない。言い換えると、自己評価をパートナーに依存する人は、自分が承認されていると感じる度合いに応じて自尊心が上下し、反応的になる可能性がある。
他人に依存する自己価値は通常、人生の初期に経験した条件付きの評価の名残だ。褒められることは多いが愛情は乏しい、あるいは愛は成果や達成、遵守に付随するものだと感じると、価値は仮定ではなく実証されなければならないことを子どもは学ぶ。
大人になってからそれは、パートナーの反応が個人の適正を常に測るバロメーターとなる関係として現れる。要するに、愛とは自分に価値があることを証明し続けて得られる褒美、ということになる。



