セイコーウオッチ(以下セイコー)では法人の顧客向けにオリジナルの腕時計を受注生産する「オリジナルウオッチ」製作サービスを行っている。企業の信念や哲学を、セイコーが培ってきた時計製造のノウハウを駆使して信頼性の高い時計として商品化するこのサービスは、企業にとっても新しい魅力を引き出すことができるコラボレーションとなっている。
その一例が、今年で3作目を迎えた、ANAとの取り組みだ。
機体の魅力を投影したオリジナルウオッチ
「元々はANAのショッピングサイト『A-style』で、セイコーの時計を販売していたという経緯があり、ANAのお客様に喜んでもらえるようなオリジナル商品を強化する一環で、オリジナルウオッチの製作が始まりました」と、ANAオリジナルウオッチを企画した全日空商事の千葉未来さんは語る。
「セイコーの担当者さんとのやり取りの中で感じたのは、企業の特徴や飛行機の機体に対する情報や知識を、時計のデザインに落とし込む上手さですね。ANAオリジナル商品はANAファンが購入することが多いので、マニアックなところにフォーカスした商品は評判がいい。そういったポイントを毎回しっかりとらえて提案してくれます」
隠れた価値や魅力、個性を発見し引き出し、時計というプロダクトに落とし込んでいく。それは簡単ではないが、セイコーではこういった企業のオリジナル商品を開発するための専門部署があり、さまざまな形でオリジナルウオッチの製作をサポートしている。
企業が発注する方法は4つあり、記念品などに最適な「既製品文字彫り加工」、ベースモデルを選び、ダイヤルのデザインやケースの色などを変更する「SEIKOダブルネーム」、制約が少なく、比較的自由な表現が可能な「OEMオリジナル」、そしてケースの形状からすべて新規にデザインする「フルオーダー」が用意される。今回のANAオリジナルウオッチは「SEIKOダブルネーム」となり、ダイヤルのカラーリングとデザインで特色を加えている。
この取り組みが始まったのは2023年。主力機である「ボーイング787」をモチーフにしたモデルは、国内線の座席数にちなんで395本の限定生産。ダイヤルには飛行機の窓から外を眺めたときの空の様子を表現し、雲の上に青い空が広がるという絶妙なグラデーションを特徴とした。
2024年は、ANA初のジェット機として1964年に導入した「ボーイング727」をモチーフとしたモデルが登場し、727本製造された。ボーイング727のレトロな機体の雰囲気を表現するために6時位置に旧ロゴを入れるだけでなく、インデックスの形状も当時を連想させるレトロなスタイルを取り入れた。
そして2025年は、ANA就航30周年の「ボーイング777」をモチーフとした「SEIKO for ANA 777デザイン オリジナルウオッチ」が誕生した。
時計としての完成度を高めつつ、ボーイング777のディテールを追求
「昨年のボーイング727モデルは昔の機体がモチーフだったので、レトロなデザインに挑戦しました。しかし今回は現在のANAを支え、今年就航30周年を迎えたボーイング777がモチーフ。この機体に乗って国内外へと飛び立った40~50代のビジネスマンも多いでしょう。そういった方々が日常のビジネスシーンでも使いやすい時計にしたかった。そこでANAファンに加えてビジネスマンのニーズにも応えるような、普遍的な魅力も加えていきたいとセイコーの担当者さんにお伝えしました」
歴史あるウオッチメーカーであるセイコーにとって、普遍的な魅力を持つ時計をつくることは、最も得意とすることだ。しかし今回はそこにANAらしさ、そしてボーイング777の魅力も加えることが求められる。
セイコーのオリジナウオッチ部門の企画担当者やデザイナーは、企業とのコラボレーションウオッチ製作のキャリアを何年も積んできており、会社や製品の特徴を学び、時計として表現してきた。今回もまずはモチーフとなるボーイング777を徹底的に研究するところからプロジェクトは始まった。そしてその過程でこの機体はANAを含めた航空会社の意見を参考にしながら開発された機体だということを知り、そのディテールに注目することにした。
例えばダイヤルは上板と下板の二層構造で、上板に型打ち加工を施してボーイング777のエンジンを表現した。これは極めて巨大なボーイング777のエンジンからインスピレーションを得たものだ。そして12時位置の丸いサブダイヤルには正面からとらえた機体がデザインされているが、これはボーイング777が太い真円断面を用いた胴体を採用していることに由来する。
そして裏ぶたにはボーイング777のシルエットがレーザーマーキングされているが、一見しただけでその機体だとわかるように、特徴である6輪タイヤの脚が見えるようにデザインした。さらに、特徴的な垂直尾翼の形状は、専用ボックスの内側にデザインすることで、飛行機ファンの心を掴む。
「はじめのアイディアから、かなりマニアックでした。我々もなかなか知り得ない機体の特徴まで調べて、デザインに落とし込んでいただきましたが、それはまさにANAファンが時計に求めるところです」
飛行機愛と時計愛によるコラボレーション
もちろん時計である以上、デザイン的なカッコ良さだけでなく、視認性や実用性も重要となる。セイコーの企画担当者やデザイナーは飛行機マニアではないからこそ、ANAらしさやボーイング777の特徴を取り入れつつ、フラットな目線で毎日使える汎用性も加えることができた。
「要素を全て詰め込んでいただけました。さまざまなコラボレーション製品をつくってきましたが、ここまで機体の特徴にフォーカスし、細かなディテールまで落とし込んだ時計は初めてかもしれません。ブルーのカラーリングも主張しすぎず、絶妙な配色できれいに表現しています。これなら新しい層にもアプローチできそうです。ANAやボーイング777のファンだけではなく、セイコーが好きな方にも選んでもらいたいですね」

オリジナルモデルは特定のファンだけのものではない。企業やサービス、製品の魅力を、異なる目線から表現し、理解を深めてもらうことも目的となる。企業の知られざる魅力を、セイコーが長年培ってきた技術と品質、信頼性をもって時計というプロダクトで表現する。それはすべてのユーザーにとっても魅力的な商品であるはず。
「SEIKO for ANA 777デザイン オリジナルウオッチ」は、ANAやボーイング777の魅力を伝えるもの。それが今回のコラボレーションの意義なのだ。



