「自分の興味がある中古のレコードや衣類を売っているお店に通っていましたが、隣のお店がどんな店だったのか覚えていません。レトロで雑然とした店だったという記憶が残っているだけです」
実は筆者も30年前に同じ体験をしている。モトコーに行くというより、好きな店だけを自分1人でこっそり訪問していた。そんな意識や行動は、モトコー店舗の経営者たちの間にも存在していた。
一般的に、一定のエリア内にたくさんの店が軒先を並べると、やがて組合が結成され、イベント開催やキャンペーンなどで商店街全体の魅力を高める動きが出てくる。
だがモトコーでは、商店街組合が存在しないエリアもあったという。すると、隣の店はあくまで物理的に隣接しているだけなので、近所づきあいは深まりにくい。ただ、そんな店舗同士の微妙な距離感が、遠方からも集客ができる個性あふれる店をここへと引き寄せたのかもしれない。
かつての「モトコー」の特異さを表現
いま、このような特異な場所が姿を消そうとしている。前出の「モトコロジー」を企画した田村は次のように語る。
「それぞれの人たちにそれぞれの思い出があるモトコー。どんな店があったのか、どんなお客さんが来ていたのかを疑似的に体験してほしいです。ここで感じた魅力が何だったのかをあらためて考え、それを誰もが追体験できるように記録として残したいと考えました」
その言葉通り「モトコロジー」では、まさにバラバラ感あふれる多様なイベントが日替わりで開催されている。来場者たちは「モトコロジー」に行くのではなく、お気に入りのアーティストたちの個々のイベントに参加する。隣の空間で何か行われていたのかはかすかに記憶に残るというのも、その感覚は昔のモトコーと変わらない。
ある日は、神戸に滞在しながら創作活動をしている画家たちが、この街の魅力を感じたままに語る。別の日には神戸の建築家たちが、この街の未来像を熱心に議論していた。
たぶん新聞記事やテレビニュースだと単に「アートイベント」と紹介されがちな「モトコロジー」だが、単純な芸術イベントとはかなり異なっている。混沌としながらもエネルギッシュだったかつての「モトコー」の特異さを表現しようとしているからだろう。
意外に思うかもしれないが、「モトコロジー」はJR西日本不動産開発からの委託事業だ。高架下空間は、放っておくと駐輪場程度にしか使われない。この事業では、JR側が沿線の活性化に本腰を入れ、地元にも役立てたいと願っているのが垣間見える。
筆者自身も取材のために「モトコロジー」に参加したいくつかの店舗を訪問し、2つのイベントに顔を出した。すると、単に過去のノスタルジーに浸っているのとは、明らかに違うポジティブな感覚を得た。未来を創ろうと「個性の再定義」をしようとしているように感じた。
そしてそこには、日本の都市が次の時代へ進むための大きなヒントが潜んでいるような気がする。
連載:地方発イノベーションの秘訣
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