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2025.11.26 16:15

ペンと剣と母。「三島由紀夫百歳」の昭和百年に、元記者の精神科医が文豪分析

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言葉のために現実を追従させた『金閣寺』

現実の経験と行動を小説に結実させていると考えるのが、通常の見方だろう。それまで三島は、戦後社会の有名事件を題材に何本も小説を発表している。たとえば東京都知事選をもとに書いた『宴のあと』(昭和35年)では、当事者からプライバシー侵害で訴えられ、一審で敗訴している。(原告死亡で和解決着)
 
だが、多くの評論家はその考え方を採らない。たとえば、『金閣寺』(昭和31年)は実際昭和25年に起きた金閣寺焼失を題材とするが、作品の筋立ては放火した見習い僧とはほとんど関係がない。むしろ、先述したように、男性機能の不能という肉体のコンプレックスを、金閣寺という永遠の美を焼き払うことで解消しようとした物語としても読める。

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放火犯(作者の心の反映)の行動をどうとるかは読者に委ねられるが、ミシマワールドともいうべきその美的世界は、むしろ言葉のために現実を追従させているとみるほうが正鵠を射ている気がする。

昭和42年「平凡パンチ」オール日本ミスター・ダンディ1位に

今回、昭和百年=三島生誕百年という節目にあたり、三島関連本を読み漁った。興味深いエピソードや、有名ではない小説の中に三島由紀夫の人間性が垣間見えるものもあったので、少し紹介したい。

三島の生前、小説家と雑誌編集者という間柄だった椎根和氏の著書『平凡パンチの三島由紀夫』(新潮社、2007年)が面白い。

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椎根和『平凡パンチの三島由紀夫』(新潮社)
椎根和『平凡パンチの三島由紀夫』(新潮社)

帝国ホテルの喫茶室での取材時。ハンバーグライスを頼んだ三島は、フォークでハンバーグを粉々にすると、その上にライスを乗せ、ごちゃまぜにして「こうして食べるのが一番うまんだよ」と言い、同じ食べ方を椎根氏に勧めた。

一方で、食べ物の好き嫌いは一切言わなかった。正確無比のオーデマ・ピゲ社製腕時計を巻き、グッチのネクタイを締め、英国製バッファ・コートを羽織った。そのくせ、靴はふつうの黒革で主張がなかった。昭和42年の平凡パンチオール日本ミスター・ダンディでは1位に選ばれた。受賞コメントは「ダンディにはなりたくない」。

あまり知られていない小説『荒野より』(昭和42年)。刊行前年に実際に起きた事件が下敷きというのはほかの作品でもよくあるパターンだが、違いは他人ではなく、三島自身をめぐっておきた現実という点にある。

初夏。仕事で徹夜明けの三島の書斎に蒼白顔の青年がガラスを破って侵入し、百科事典をながめていた。三島に向かって「本当のことを話して下さい」と三度繰り返し、駆け付けた警察官に取り押さえられた。

青年の極度に蒼ざめた顔を見た時、果たして三島は何を思ったか?

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