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2025.11.25 10:30

AIバブルはそれほど「深刻でない」理由、いやそもそも存在しない

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マイケル・バリーがAI市場を売りに出している。サブプライム危機を予見した彼が、現在私たちは「AIバブル」のただ中にあり、それは暴走するバリュエーション、攻撃的な投機、安価な資本、そして果てしない成長への信仰によって特徴づけられている、と警告している。1999年や2008年との比較は魅力的だ。しかし彼は今回、間違った的を狙っているのかもしれない。

AIの台頭は、不良住宅ローンや水増しされた広告指標の上に築かれているわけではない。それよりはるかに根本的なもの、すなわちエネルギーの上に築かれている。エネルギーシステムの第一人者であり、ビル・ゲイツもしばしば引用する思想家のヴァーツラフ・スミルは、エネルギーは文明の普遍的通貨だと書いている。私たちが知能と呼ぶあらゆるモデル、推論、アウトプットは、究極的には電気を構造化された確率へと変換するプロセスだ。バリーが住宅市場を空売りしていたとき、彼は人間が生み出した借金を相手に賭けていた。一方、AIを空売りする彼の相手は、熱力学だ。そして熱力学はたいてい勝つ。

問題は、バリーが無知であることではない。彼がAIを評価する際に使っているメンタル・モデルが時代遅れだということだ。これは通常の意味でのバブルではない。AIを従来のソフトウェアの論理に押し込んだときにだけ、バブルのように見えるのだ。

しかし、AIはソフトウェアのようには振る舞わない。その経済構造はインフラのそれに似ている。バリュエーションは生産性と乖離しているように見えるかもしれない。資本は自己強化的なパターンで循環しているように見えるかもしれない。支出は過剰に見えるかもしれない。だが、これらのダイナミクスが非合理に見えるのは、消費者向けテクノロジーのレンズを通した場合に限られる。

知能に対する主要なインプットがエネルギーとなった瞬間、論理は変わる。知能の真のコストは、電力、そしてエネルギーを計算へと変換するための物理的な能力で測られるのだ。

誤解されたAIバブルの物語

皮肉なことに、「AIバブル」という物語そのものがバブルだ。古いアナロジーを、適合しない現象に適用して膨らませているにすぎない。批評家たちは、OpenAIの営業損失、膨大な計算需要、そして収益をはるかに上回る支出額を指摘する。

ソフトウェアを念頭に置いた従来型の経済論理に当てはめれば、これらは確かに警告サインだ。しかしAIは、アプリやソーシャルプラットフォームのようなコスト構造を持つのではなく、インフラのそれに似たものを持つ。

初期の電力網は非合理に見えた。最初の電話ネットワークも非合理に見えた。鉄道も非合理に見えた。あらゆる主要インフラの転換期で、社会は長期間にわたり巨額支出、不均衡、そして見かけ上の過剰を経験した。しかしそれらはバブルの兆候ではない。日常生活の基盤が再構築されている兆候だった。

OpenAIの支出は、エジソンの発電所やベルが開発した初期の電話交換機以上にバブルを示すものではない。こうした経済がひずんでいるように見えるのは、彼らが構築しているシステムがすでに既存のものであると仮定した場合に限られる。

私たちが目撃しているのは、投機的熱狂ではなく、熱力学、パワー密度、そしてエネルギーベースの知能への世界的移行によって駆動される構造的変革だ。

バブル物語が生き残っているのは、多くの観察者が現在の状況を誤った概念を通して観ているからだ。彼らはエネルギーによって突き動かされた変化を、あたかもソフトウェアのアップグレードとして扱っている。

技術革命の歴史は、有名な誤解の数々で満ち溢れている。1998年、ポール・クルーグマンはインターネットの成長は劇的に鈍化し、2005年までにはファックス機と同程度の経済的重要性しか持たなくなると予言した。その予測が外れたのは、基となるフレームワークが間違っていたからだ。インターネットが期待を下回ったのではなく、期待が誤ったメンタル・モデルの上に築かれていたのである。

今日のAIバブル議論の多くも、それと同じ問題に苦しんでいる。

それが誤解であることは、表面下の数字を見ればさらに明らかになる。世界はAI需要を推測しているのではない。契約しているのだ。

企業と政府は複数年のAI契約を結び、次の10年にわたって業務を支えるインフラに数十億ドルをコミットしている。

マグニフィセント6(マイクロソフト、アップル、グーグル、アマゾン、メタ、エヌビディア)について、ボヤ・インベストメント・マネジメントの投資リスク責任者であるマイケル・ペコラロは私にこう語った。「マグニフィセント6は複数年にわたる契約に裏打ちされた、実際の収益成長を生み出している。これは投機的な需要ではなく、現実的な需要だ」

彼の指摘は単純だ。1990年代後半、投資家は需要を予測していた。AIブームでは、需要は契約で保証されている。この違いだけでも、歴史的なアナロジーが示唆するほど、問題は単純ではないことが分かるだろう。

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翻訳=江津拓哉

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