近年、産官学からスタートアップへの支援が盛んになっている。三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)も多くの有望なスタートアップを支援してきた。その一社が、急成長を遂げるグリーンアグリテックスタートアップ「TOWING(トーイング)」である。代表取締役CEOの西田宏平と、伴走支援を担当するMUFGの山﨑陽平に、両社の共創と持続可能な社会実現への想いを聞いた。
近年、社会問題を解決する起爆剤として、スタートアップへの期待が高まっている。産官学の各界が注目しているが、特にその支援に力を入れているのがMUFGだ。MUFGはこれまで、多くの有望なスタートアップに投融資をしてきたが、支援は資金面にとどまらない。スタートアップが事業を発展させるには数々の課題に直面するが、そうした課題に向き合い、二人三脚で事業を伴走支援するのがMUFGの強みである。
また、MUFGには専門の部署も設置されており、経験豊富な担当者がスタートアップの成長を支えている。名古屋大学発のスタートアップ「TOWING(トーイング)」も、そうした支援により急成長している1社だ。
創業時からMUFGのネットワークを活用
TOWINGは、月面基地内での循環型かつ高効率な作物栽培システムの開発を政府研究開発プロジェクト(国プロ)で推進している。その中で、活用されている微生物培養技術を応用し、地球農業をアップデートする農業資材である高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を開発。宙炭は、もみ殻や家畜糞などのバイオマスの炭化物に、土壌由来の微生物を培養して製造されている。農地に施用することで炭素を農地に固定しながら迅速な土壌改良を実現し、化学肥料から有機肥料へのスムーズな転換や土壌劣化の改善、資源循環などさまざまな課題をひとつの資材で解決することができるのだ。
この宙炭は、代表取締役CEOの西田宏平の先見性と熱意によって誕生した。
「微生物を研究されている先生が日本酒から着想を得て、土壌の微生物環境を人工的に再現する培養技術の開発に世界で初めて成功しました。先生はその技術を社会実装しようと動かれたのですが、思うようにいかない。名古屋大学の起業家育成講座に参加していた私がその技術を知り、事業化しようと決めたのです」(西田)
西田は農家100人にインタビューしたが、当時は企画した商品のニーズは皆無で、一度は起業を断念。しかし、大学院修了後に就職しても開発を続け、2020年にTOWINGを創業した。
現在、その同社の支援を担当するのが、三菱UFJ銀行スタートアップ営業部部長代理の山﨑陽平だ。山﨑は、仙台支店に勤務しているときに東北大学発スタートアップに出会って以来、その支援の魅力にのめり込み、自ら手を挙げてスタートアップに出向した経験もある。「スタートアップ沼にはまった」と話す山﨑は、同社に大きな可能性を感じている。
「宙炭を施用すると収量が増加するので、農地面積が減っていくなかでも効率的かつ持続的な農業を実現します。宙炭は『あったらいいな』ではなく、『なくては困る』存在になると思いますし、二酸化炭素(CO2)の固定の質 が高いので、社会課題を解決するキラーコンテンツになると感じています」(山﨑)
西田と三菱UFJ銀行との交流は、TOWINGの設立直後から始まった。西田はこう振り返る。
「銀行というと敷居が高いイメージがあったのですが、創業当初から5人もの行員が事務所を訪れ『興味がありそうな会社とつなぐから、一緒にプレゼンしに行こう』と親身にサポートしていただきました」(西田)
三菱UFJ銀行は名古屋大学と付き合いがあったため、当時、同大発のスタートアップと積極的に接点をつくろうとしていた。そうしたなかで出会ったのがTOWINGであり、「キラリと光る会社だった」(山﨑)ため、支援をすることになったのだという。
「手探りのプロジェクトでしたが、最初にお客さまを何社かご紹介いただき、とてもありがたかったです」(西田)
MUFGの支援のおかげもあり信頼度が高まった宙炭は、日本各地の農地に施用されるようになった。しかし、西田のターゲットは日本国内にとどまらない。世界中の土壌を改善したいという想いがあるのだ。
その本格的な展開に向けて、25年10月、TOWINGはタイのセメント製造最大手SCGグループのSCG Cement Company Limitedと戦略的パートナーシップを締結した。同社と共創し、同国での持続可能かつ低炭素な農業サプライチェーン構築に貢献するのが狙いだ。この締結も、MUFGのネットワークを活用することによって実現したという。
「当行のパートナーバンクであるアユタヤ銀行を通じて、商談会に参加していただいたことがきっかけになりました。我々はグローバルに拠点をもっていますし、お客さまだけでなくパートナーバンクなど、幅広いネットワークを有しています。どのフェーズのスタートアップにも、惜しみなくこのネットワークをお使いいただいています」(山﨑)
起業家の情熱が支援者に伝播する
山﨑は、これまでに数々のスタートアップに接してきた。その経験から山﨑がまず注視するのは、経営者の人柄だという。
「私は、その人たちがどんな市場で、どんな未来にしようとしているのか、そして、それを実現できるのかに主眼を置いて、日々スタートアップに接しています。ただ未来のことは誰も予想できないので、最初に重視するのは、経営者の人柄です。西田さんは皆さんに愛されていますし、応援したくなるようなパーソナリティをおもちです。でもそうした優しさがある一方で、ミッションを達成することに対する熱量が非常に高く、いつも刺激を受けています」(山﨑)
西田の情熱は、山﨑に伝播している。三菱UFJ銀行とTOWINGは25年3月、J-クレジットの購入契約を締結した。J-クレジット制度とは、自社のCO2排出削減量をクレジットとして他者と取引できる制度だ。この締結により、TOWINGは3年間でCO2除去量210トン分のJ-クレジットを三菱UFJ銀行に予約販売する。「TOWINGの事業を後押ししたい」という山﨑の想いは契約の一助となった。
「私は当初、宙炭を使って生産した野菜を行内の社員食堂で出せないかという提案をしました。ところが別の業者が入っていることもあって難しい。それでも諦めきれずにTOWINGの事業を説明すると、カーボンクレジットに興味を示してもらい、契約まで漕ぎ着けることができたのです。TOWINGのソリューションを認めてもらえたことは担当として非常に嬉しいですし、サステナブルな社会を推進するうえでも意義のある取り組みです」(山﨑)
TOWINGにとっても、そのインパクトは大きいと西田は強調する。
「これまではプロジェクトベースでカーボンクレジットをご購入いただいていましたが、予約販売のスキームを新たなビジネスの柱として準備し、三菱UFJ銀行には、その最初の契約を結んでいただきました。宙炭のときもそうでしたが、最初の顧客は非常に大事です。顧客と一緒に事業を育てていくようなスタンスでないと、事業はうまく立ち上がっていかないので。そうした流れを作っていただいた山﨑さんには感謝しています」(西田)
MUFGの顧客の課題を解決するパートナーに
資本力のないスタートアップがスケールするには、多くの支援が必要であり、それにはエコシステムの存在は欠かせない。TOWINGが拠点とする名古屋を中心とした中部エリアにもエコシステムが形成されているが、まだ地域としての課題もあると西田は指摘する。
「5年前と比べると、中部エリアのサポート体制は圧倒的によくなっています。一方でスタートアップの数も非常に増えており、5年前に弊社がMUFGにサポートいただいたような質で、有望なスタートアップを支援しきる体制はまだできていない印象で、それが課題ではないでしょうか」(西田)
山﨑も中部エリアのスタートアップエコシステムが盛り上がってきている現状に同意する一方で、まだまだポテンシャルがあると強調する。
「行政、大企業、アカデミアのスタートアップに対する熱量は高まっていると感じますが、中部のポテンシャルはこんなものではありません。中部は産業集積エリアですが、名だたる企業も最初はスタートアップでした。そうした大企業がもっと熱量高く、本気でスタートアップを応援して、ともに成長する循環をもっとつくり出せればと思っています」(山﨑)
そのエコシステムの一端を担うのがMUFGであり、それは中部だけに限らない。日本のスタートアップエコシステムの構築に寄与するのがMUFGだ。山﨑がその強みを説明する。
「MUFGは信託、証券、ベンチャーキャピタル(VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)などあらゆる機能を有していますので、銀行がハブとなり、総合力をスタートアップに提供していきます。
MUFG は現行の中期経営計画で、支援するスタートアップの時価総額を 20兆円に引き上げる目標を掲げています。それには一社一社を強くしていく取り組みが大事であり、大企業とのオープンイノベーションや M&A、グローバル展開といったことを主軸にご支援していきたいと考えています」(山﨑)
MUFG の支援が一助となり、ますます事業が拡大していくTOWING。西田が目指すのはMUFGのパートナーとして世界の食料システムの課題解決に貢献することであり、グローバル展開の加速だ。
「大手企業は、サプライチェーンにもCO2排出量の削減が求められており、それは食品企業も例外ではありません。MUFGは食品企業の顧客も多いので、そうした企業のサステナブルな調達に貢献し、MUFGのお客さまの課題を解決するパートナーになりたいです。また、国内でも宙炭の導入が増えていますが、東南アジアや米国、ブラジルでも取り組みを始めているので、持続可能な食料生産を日本から世界にどんどん普及させたい。そして、将来的には月面での農業の本格展開にもチャレンジしていきたいです」(西田)
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にしだ・こうへい◎TOWING代表取締役CEO。名古屋大学大学院環境学研究科修了後、大手自動車部品メーカーに就職。その後も、在学中に出会った微生物培養技術の事業化検討を続け、2020年にTOWINGを設立し現職。
やまざき・ようへい◎三菱UFJ銀行スタートアップ営業部部長代理。2011年に三菱UFJ銀行入行。東京都内や名古屋、仙台の支店で法人営業を担当。農業スタートアップ・ファームシップへの出向を経て、23年より現職。



