アジア

2025.11.27 14:15

香港マンション大火災、可燃の竹足場と絶滅危惧職『スパイダー』に密着

26日、香港北部の大埔区の高層マンションで火災が発生し、目下世界的なニュースとなっている。以下は延焼の原因のひとつもされる香港名物「竹足場」について、香港在住のライター ベック知子氏に火災前に寄稿されていたものである。


香港の街を歩くと、まず目に飛び込んでくるのが竹の足場だ。工事現場や古い建物を包み込むように組まれたその姿は、ほかの都市にはない存在感を放つ。しなやかで強い竹を、熟練の職人が巧みに組み上げる。この景色こそ、香港を象徴するアイコンだ。密度の高い香港の街づくりを支えてきた、誇るべき伝統技術でもある。

しかし、この風景が変わりつつある。

竹の足場から金属足場へ

2025年3月、香港政府は「安全性の強化」を理由に、竹の足場から金属足場への移行を進める方針を打ち出した。中国本土や台湾、東南アジアなどアジアの多くで金属足場が主流になるなか、ほぼ香港にのみ残る独特の建設技術がこの竹の足場だ。

そのため、伝統技術が消えれば文化そのものが失われる、と市民のあいだで危機感が高まっている。政府は「即時禁止ではない」と説明するが、新たな政府プロジェクトの約半数には金属足場を使用する方針を決定している。香港の象徴でもあった竹の足場が縮小していく可能性は高い。

数千本の竹をロープで━━高層ビルの壁つたう

香港で竹の足場をよく目にするのと同じように、街では竹職人の姿も日常的だ。彼らの動きはまるでサーカス団のように軽やかで、香港では敬意を込めて「スパイダー」と呼ばれている。数千本の竹をロープで縛り上げ、ビルの高層階まで軽々と組み上げていく。

香港で長い間竹が選ばれてきたのはなぜか。成長が早く再生可能な竹は、環境面でも優れ、SDGsが重視される今の時代に合致する。鉄筋よりはるかに軽く、柔軟で、狭い現場に合わせて自在に加工できる。竹は密集した市街地が広がる香港には最適な素材だった。

コスト面でも圧倒的に優位だ。竹1本が約15香港ドル(約300円)に対し、金属製は約280香港ドル(約5600円)と桁違い。環境・効率・価格の三拍子がそろった竹が、香港の超高層ビル群を長年支えてきた。

一方で、課題もずっと指摘されてきた。何より安全性だ。強風が吹き荒れる香港では、台風による倒壊リスクが常につきまとう。組み方の不備による事故も多く、2018年以降では竹足場による事故で死亡した作業員の数が23人に上る。命綱一本での高所作業は、常に危険と隣り合わせだ。

さらに深刻なのが、担い手の減少。香港では足場の約80%という高い確率で竹が使われているが、職人はわずか4000人ほど。師弟制度で受け継がれてきた技術は、ライセンス取得に1年、独り立ちまでに4年近くかかることもある。労働環境が厳しく、若い世代は敬遠しがちだ。

「肉体的にきつく、危険」

14歳からこの道を歩むベテラン職人の男性は「肉体的にきつく、危険で、賃金も高くない。若者はやりたがらない」と語る。九龍竹足場・労働組合の委員長は「鉄筋の足場は、竹ほど高度な技術を必要としない。力さえあれば短期間で作業ができる」と説明し、竹職人の技術継承の難しさを指摘する。

竹の足場が後退していく背景には「安全性」と「担い手不足」という現実があり、その構図は、日本が直面する伝統技術の継承問題とも重なる。

畳、瓦、木造建築……。かつて日本の住宅や街並みを支えた職人技は、和室の減少やフローリングの普及、軽くて安い建築材への移行など生活様式の変化や素材の工業化で担い手が激減している。技術は優れていても、現代の規制や効率重視の流れの中で、その価値が後回しにされてしまう点で、香港の竹職人と似た状況といえるのではないか。

いずれも、長年培われた高度なレベルの手仕事が、「安全性」「コスト」「標準化」という近代の尺度で評価され、他の素材に置き換えられていくという共通のジレンマを抱えている。

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取材・構成=ベック知子 編集=石井節子

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