ChatGPT時代の競争
DeepLがサービス領域を広げる一方で、同社の中核事業である翻訳分野では競争が激化している。主要なチャットボットはテキスト翻訳が可能で、その精度は目を見張るものがあることをクテロフスキーも認める。「軽微な翻訳ニーズをめぐる競争は増しているが、それは全く問題ではない」と彼は話す。
彼は、DeepLの競争優位は、企業にとってミッションクリティカルな大規模翻訳にあると強調する。「チャットボットとの大きな違いが生まれているのは、まさにこの領域だ。我々が大口顧客と取り組んでいるのは、彼らの事業の中核を担う極めてミッションクリティカルで、かつ大規模に展開可能なユースケースだ」とクテロフスキーは説明する。
彼は、世界各地で臨床試験を行うライフサイエンス企業を例に挙げ、次の様に語った。「これらの企業は、医薬品の販売や承認を目指す全ての国向けに、数千ページ規模の文書を翻訳する必要がある。このような状況では、最高水準の精度はもちろん、品質管理や透明性、法的コンプライアンスが極めて重要だ。この市場には、依然として巨大なビジネスチャンスが存在している」。
欧州企業であることの優位性
欧州発のDeepLは、特にデータセキュリティや地政学的リスクへの対応において優位性を発揮し得る立場にある。「欧州に拠点を置く企業にとって、地政学的な課題はかつてないほど重要性を増している」とクテロフスキーは指摘する。
企業には、最良のソリューションの選択と、信頼性の高いパートナーを確保するというバランスを取ることが求められる。「企業は、最も優れたソリューションを利用したい一方で、関税などの障害によって関係が阻害されないパートナーと組みたいと考えるものだ」と彼は言う。
地政学的な懸念は欧州にとどまらず、アジアでも高まっている。「アジアでも、米国への過度な依存を避けるべきだという認識が強まっている。現時点では、米国が最も信頼できるパートナーとは言い難いからだ」とクテロフスキーは付け加えた。
AI法のジレンマ
クテロフスキーは欧州のAI法に批判的な立場を取り、同法はリスク評価の優先順位を誤っていると指摘する。「何を最も懸念するかによって優先順位は変わる。もしAIによる判断が社会の安全を脅かし、プライバシーを深刻に侵害するリスクを重視するのであれば、AI法の考え方は確かに筋が通っている」と彼は語る。
しかし、クテロフスキーの懸念は別の点にある。「私がリスク管理の観点で懸念しているのは、次世代技術を開発できず、グローバルな枠組みの中で経済的な競争力を維持できなくなることだ」と彼は語り、厳しい現実を浮き彫りにした。「もし米国や中国の企業が欧州企業に比べ、あらゆる面で50%速く動くようなことがあれば、我々の経済にとって好ましい結果にはならないだろう」。


