故郷の村に居を定め、現地の仲間たちと旧交を温め合ったり、フェイ(オデッサ・ヤング)という女性と出会って恋愛関係に発展しそうになったりもするのだが、栄光の陰でブルースは人知れぬ深い孤独と苦悩を抱えていた。
それは過去の父親ダグ(スティーブン・グレアム)との確執であり、また自ら抱える抑うつの日々でもあった。そんな状況下でブルースは自宅のベッドルームに録音機器を持ち込み、ギターとハーモニカで彷徨える心と対峙しながら、のちにアルバム「ネブラスカ」に収録される曲をつくり始めるのだった……。
この映画「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」には原作となるノンフィクションがある。「Deliver Me from Nowhere」という作品で、2023年にウォーレン・ゼインズによって発表され、ブルース・スプリングスティーンが「ネブラスカ」を発表するまでの経緯を詳細に描いたものだった。
批評家からも絶賛され、ベストセラーともなったこの作品に注目したプロデューサーが映画化を企画。「英雄譚のような聖人伝的描写を避ける」と原作者を説得して、監督には「クレージ・ハート」でカントリー・ミュージシャンの生き様を巧みに描いたスコット・クーパーを起用する。
プロデューサーのゴールドスミス=ヴェインは作品づくりについて次のように言及する。
「私たちの考えは、スプリングスティーンについての従来型のドキュメンタリーをつくることではありませんでした。彼の特定の時期に焦点を当てた、物語性のある映画をつくることでした」
しかも主要な登場人物となるのはブルース・スプリングスティーンとそれを⻑年支えてきたマネージャーを務めるジョン・ランダウ。彼らはこれまで持ち込まれたほぼすべての企画を断ってきたことで知られていたという。
「映像化は簡単にはいかないとわかっていました。それでも私は、この物語を映画にするには、本物の感情の深みや生々しさ、人間的な経験を描ける監督が不可欠だと確信していました。そしてその人物は、スコット・クーパーだったのです」(ゴールドスミス=ヴェイン)
監督に起用されたスコット・クーパーも次のように語る。
「原作はとても親密で、誠実で、深く感動的でした。多くの人が知らない、未解決のトラウマと闘うブルースの姿を描いたものです。私は誕生から現在までを網羅する伝記映画には興味がありませんでした。もっと狭く、もっと親密に、しかし感情のスケールとしては壮大なものを描きたかった。これは孤独で岐路に立ち、自分自身を見つめ直すブルースについての物語でした」


