クイーンのフレディ・マーキュリーの波乱の人生を描いた「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年)が世界的大ヒットを記録したことをきっかけに、近年、数々の大物ミュージシャンを主人公とした映像作品がつくられてきた。
最近では、ノーベル文学賞にも輝いた伝説のアーティスト、ボブ・ディランのフォークソングの旗手としてデビューしてからロックへと舵を切っていく5年間を描いた「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」 (2024年)が耳に新しい。
今回紹介する「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」は、その邦題が示す通り「ボーン・イン・ザ・U.S.A. (Born in the U.S.A.)」でアメリカを代表するスーパースターとなったブルース・スプリングスティーンにスポットを当てた作品だ。
この作品は、これまでのアーティストの人気を背景とした「音楽映画」とはかなり趣を異にしている。対象となる人物の過去から説き起こして、その軌跡を振り返るというありきたりな伝記的作品ではない。
ブルース・スプリングスティーンが栄光を掴んだ後に陥った苦悩の時期にフォーカスを絞ってつくられた作品なのだ。その時期とは、ちょうど2枚組の大作「ザ・リバー」(1980年)が全米第1位に輝き、次作の意欲的アルバム「ネブラスカ」(1982年)に至る期間だ。
「ネブラスカ」は「ロックンロールの未来」と賞賛されたブルース・スプリングスティーンが、アコースティックギターとハーモニカに持ち替えて自宅録音したもので、この時期の彼の魂の彷徨が色濃く現れたアルバムだった。
本作では、この時期のブルースの複雑に絡み合う内面を実にきめ細かく物語化している。それだけにブルースの音楽に馴染みのない人間でも、心動かされる内容となっている。
ブルース本人も最初から関わった作品
1981年、ブルース・スプリングスティーン(ジェレミー・アレン・ホワイト)は、前年に発表したアルバム「ザ・リバー」の名を冠したツアーを終える。レコード会社としては、彼がスタジオに戻って、さらなるヒットアルバムを制作することを望んでいた。
しかし、ツアーを終えたばかりのスプリングスティーンにとって、スタジオは少しも気持ちが安らぐ場所ではなかった。彼はマネージャーのジョン・ランダウ(ジェレミー・ストロング)に故郷のニュージャージー州で家を探して欲しいと頼む。



