国内の人口減少と労働力不足が進むなか、外国人材は日本の社会や経済を共に支える重要なパートナーとなっている。しかし、彼らが地域に根づき、その力を発揮するまでの道のりには、企業や行政、そして社会の意識に根差した現実的な課題が数多く残されている。
この課題に対し、住宅・金融・就労支援など、外国人の暮らしを多面的に支えるグローバルトラストネットワークスは、外国人材と社会をつなぐプラットフォーム企業として、2025年10月「GTN Beyond Borders Summit」を開催。異なる文化や価値観が交わることで生まれる新たなイノベーションの可能性を、3つのセッションを通じて提示した。
なお、本稿ではこのうちのSESSION 3「Inclusive Flow 外国人材活躍のためのリアルと、その実行」に焦点を当てていく。
SESSION 3では、「外国人材の活躍における“リアル”」「共生のためのコミュニケーション」「多様な人材が活躍する未来シナリオ」の3つをテーマに展開。
長きにわたり現場の指揮官として多文化社会づくりを推進してきた静岡県知事・鈴木康友(前浜松市長。以下、鈴木知事)、150名超の外国人材が活躍する現場を持つ東急ビルメンテナンス代表取締役社長・ 亀島成幸(以下、亀島)、そして日本の外国人政策を研究する明治大学教授・山脇啓造(以下、山脇教授)の3名が登壇した。
外国人材をめぐる課題の変遷と意識改革の不可欠性
日本における外国人材との共生は、日本の持続可能性を左右する構造的なテーマとなっている。1990年代から2000年代のブラジル人労働者の集住期に顕在化したのは、生活習慣をめぐる地域との摩擦や学校教育の課題だった。しかし、2010年代以降、技能実習生の増加に伴い、労働環境の問題へと発展していった。
山脇教授は、この状況について「2010年代以降は報道にあるとおり、低賃金や過重労働など劣悪な労働環境の問題が浮き彫りになっている。現行の技能実習制度から育成就労制度へ移行する状況になった」と指摘。さらに近年の外国人労働者の急増に対し、「社会の意識や制度整備が追いつかず、政府の方針が見えにくいことも、人々の不安や不満といった感情を広げる一因になっている」と続けた。
そして、その影響は企業の現場にも歪みをもたらしている。
亀島はこの構造を正すには、企業側の意識改革が必要だと訴える。
「一部の外国人材紹介会社や受け入れ企業の意識の低さにより、契約と異なる業務や過重労働をさせるケースが見受けられる。今後は片務的な搾取関係ではなく、双方が同じベクトルに向かうシステムづくりが重要だと考えています」(亀島)
そこで東急ビルメンテナンスは、外国人材と日本企業を支えるプラットフォームを提供するGlobal Gateway Japanを設立。亀島は同社の取り組みの核となる2つの柱を提示した。
ひとつは、「外国人労働者への教育システムとスキル認証(サーティフィケイト)の整備」だ。特定の課程修了や技能・資格を可視化・認証する仕組みを構築し、適正な処遇改善へとつなげることを目指す。この仕組みは、外国人材のキャリア形成を支援すると同時に、企業にとっても公平で透明性の高い人事評価の基盤となる。
ふたつ目は、「受け入れ企業側の意識教育」である。外国人と企業が共に成長するという視点をもち、双方が同じ方向性を共有できるシステムづくりを進めることで、多様な人材が安心して力を発揮できる環境を整える狙いだ。
企業が「労働力」の観点から外国人材の活躍を考える一方で、地域行政は、彼らを「生活者」として支える現場の役割を担っている。一人ひとりを生活者として見つめる姿勢こそが、共生社会を築くための第一歩となる。
鈴木知事は、その基本姿勢を明確にする。
「日本人か外国人かではなく、同じ生活者であるという視点が何より大切です。行政には、外国人住民に対して医療・教育・情報提供といった具体的な行政サービスを提供する責務があります。多くの方が地域に根ざし、懸命に日々を営む生活者であり、その視点を忘れてはいけない」(鈴木知事)
行政が「多くの人が誠実に働き、暮らしを築いている生活者である」という現場の事実に基づき、外国人材が抱える生活上の困りごとを、地域全体の課題としてとらえたこと。その生活者視点の徹底こそが、後の静岡県浜松市における共生社会の安定につながったといえる。
地域行政が築いた「共生社会の現場力」
浜松市は、特定のモデルを追うのではなく、現場で生じるニーズに応え続けた結果、全国的にも先進都市と呼ばれるようになった。多文化共生センターの設置や多言語による情報提供など、外国人住民を支える仕組みを早期に整備してきたことが、その基盤にある。
鈴木知事は、当時を振り返りこう語る。
「最初は多文化共生センターの設置や相談業務の充実、多言語での情報提供などから始めました。その後、リーマンショックの影響で、工場勤務の外国人労働者が相次いで解雇され、サービス業へと働く場を移す動きが広がった。そこで、実践的な日本語を習得できるよう、外国人学習支援センターを設けて日本語教育を提供しました」(鈴木知事)
こうした目の前の一人ひとりに真摯に向き合う行政姿勢が、浜松市の安定した共生社会を築く土台となった。その歩みを支えてきたのは、行政と市民が連携しながら築いてきた協働の仕組みである。
外国人材の活躍と定着には、公正な労働環境の整備に加え、生活面でのサポートが欠かせない。そのニーズは、経済的・キャリア的な側面だけでなく、日本での生活に伴う細やかな課題解決にまで及ぶ。
亀島は、現場の実情を次のように語る。
「外国人材からは、『少しでも稼ぎたい』『長く日本で働きたい』という声に加え、病院の説明、賃金の送金支援、行政手続(マイナンバーや在留カード)、買い物支援、家電の使い方、台風や雪など気象への備えといった、『生活基盤に関する要望』が多く寄せられています」(亀島)
企業が果たすべきは、生活課題を個人の問題にとどめず、受け入れ側として能動的に支える仕組みを整えることだ。生活支援を担う組織や行政と連携し、一人ひとりの要望を丁寧に汲み取る姿勢が求められる。それは、優秀な人材の離職を防ぐリスクヘッジであると同時に、企業の競争力を高める定着戦略にもつながる。
浜松市での経験を踏まえ、静岡県は多文化共生の取り組みをさらに加速させている。特に、情報格差の解消を目的とした「やさしい日本語」の活用は、全国的にも注目される取り組みだ。
「やさしい日本語」とは、難しい語彙や複雑な表現を避け、外国人住民や日本語に不慣れな人にも理解しやすい言葉で情報を伝える取り組みのこと。多言語対応の補完策として有効であり、災害時や行政手続きなど、迅速で正確な情報共有が求められる場面で大きな力を発揮する。
山脇教授は次のように評価する。
「やさしい日本語による情報発信の仕組みを、『外国人県民への情報発信ガイドライン』として体系化し、どの場面で多言語対応し、どの場面で日本語を使うのかを明確にしている。これは、国にも本来求められる枠組みであり、非常に先進的です」(山脇教授)
また、浜松市では、企業の努力を行政が後押しする仕組みとして「外国人材活躍宣言事業所」を認定。企業が行う多文化共生や外国人材支援の取り組みを発表・共有し、優れた事例をロールモデルとして表彰・普及している。行政のサポートは、企業が単独で行う人材定着策を社会的な取り組みへと昇華させるものであり、官民一体で外国人材の活躍を支える好循環を生み出している。
国籍を超えて描く、共に生きる未来
最後のセッションのテーマは「多様な人材が活躍する未来シナリオ」。
誰もが力を発揮できるインクルーシブな社会を実現するには何が必要か──登壇者たちが未来への道筋を語り合った。

鈴木知事は「最も重要なのは、国が受け入れ方針を明確に示すことだ」と語る。人口減少社会において、外国人材の受け入れ方針や職種・条件・人数などを法律で明確化し、「生活基盤の整備は国の責務。基本法と省庁横断の司令塔が必要だ」と提言した。
国が基本方針を示し、生活基盤整備を責務として担うことが、企業や自治体の中長期的な戦略を支える前提となる。そのうえで、企業と自治体が役割を補完し合う「共助」の体制づくりが欠かせない。
一方、企業の現場を率いる亀島は、「企業は雇用だけでなく生活支援を、自治体は行政手続や地域との接点づくりを担うべき」と語り、住宅支援や地域イベントなど、交流促進の重要性を挙げた。企業が生活基盤の確保を、自治体が行政支援を担うことで、外国人材が地域の一員として根づく環境が生まれると見る。
さらに山脇教授は、未来への提言として「AIも活用した言語支援」「共生基本法と司令塔組織の整備」「エビデンスに基づく議論」の3点を提示。「SNS上で意見が割れるなか、国が人口減少や外国人に関するデータを整備・公開し、外国人受け入れに関する国民的な合意形成につなげるべきだ」と訴えた。
本セッションの議論を通じて、企業・行政・国がそれぞれ果たすべき役割が明確になった。企業は教育やスキル認証への戦略的投資を進め、行政は浜松の知見を生かして生活基盤の支援を強化し、国は受け入れ方針の明確化と司令塔機能の整備を急ぐ――。
この連携を通じて築かれる強固なコミュニケーション基盤が、人口減少時代における持続可能な未来をかたちづくっていくのだろう。
すずき・やすとも◎静岡県知事。松下政経塾第1期生。2000年6月に衆議院議員に初当選し、2期を務めた後、07年5月に浜松市長に就任。以降、4期16年にわたり市政を担い、21年9月からは指定都市市長会会長を務める。24年5月に静岡県知事に就任し、現在に至る。
かめしま・しげゆき◎Global Gateway Japan 代表取締役社長。東急ビルメンテナンス代表取締役社長。東急不動産ホールディングス傘下の東急不動産、東急コミュニティーなどで、住宅開発や人事制度改革に携わる。現在は、外国人材の“送り出し”を担うGlobal Gateway Japan、および“受け入れ”を担う東急ビルメンテナンスの代表取締役社長として、雇用と暮らしをつなぐ仕組みづくりに取り組む。
やまわき・けいぞう◎明治大学国際日本学部教授。総務省や法務省などの国の委員をはじめ、東京都、群馬県、山形県、高知県など各自治体で多文化共生施策に携わる。英国オックスフォード大学客員研究員(2012年度)、豪州クイーンズランド大学訪問研究員(2024年度)。明治大学では「多文化共生のまちづくり」をテーマに、行政・企業・学校との連携を通じて学生と共に地域実践を展開。



