企業の競争力を左右するのは、異なる文化や価値観をもつ人材を、いかに自社の成長エンジンとして位置づけられるかだ。
住宅・金融・就労支援など、外国人の暮らしを多面的に支えるグローバルトラストネットワークスは、その最前線に立つ企業として、2025年10月「GTN Beyond Borders Summit」を開催。異なる文化や価値観が交わることで生まれる新たなイノベーションの可能性を、「外国人雇用と定着=経営戦略」という視座を起点に3つのセッションを通じて提示した。
なお、本稿ではこのうちのSESSION 2「Awakening Potential 外国人材が、企業の可能性を開く」を深掘りしていく。
SESSION 2では、「企業の可能性を開くグローバル思考とは」「外国人材のポテンシャルを最大化する組織とは」という2つのテーマのもと、前後半に分け、各テーマを体現する企業が登壇した。
前半に登壇したのは、楽天グループ(以下、楽天)執行役員・人事企画部 ジェネラルマネージャー 大前友香(以下、大前)と、電通ジャパン・インターナショナルブランズ(以下、DJIB)アカウントマネジメント第2本部ヴァイスプレジデント藤村活子(以下、藤村)。
MCは、Forbes JAPAN Web編集長 谷本有香(以下、谷本)、有識者として中央大学客員研究員であり元ニトリホールディングス人事責任者の永島寛之(以下、永島)が務めた。
MCの谷本は、外国人材の登用が政治の世界でも大きな議論となっていることに触れ、アメリカでのビジネス経験をもつ永島に「海外のビジネス現場で見られる人材活用の動向」について尋ねた。
永島は、「元々多国籍であることを付加価値の源泉にしてきたアメリカの組織では、人手不足の解消ではなく、外国人を共に価値を生み出すパートナーとして位置づけている」と説明する。
「日本の先進企業でも、今は『とにかく来てください』という段階を終え、企業が『何のために、どのように活躍してもらうのか』を明確に設定し、合意形成を図る段階にある。外国人雇用を『人材不足という目先の課題』と、『未来の価値をどう創っていくか』という2つの視点で捉えることが求められている」
この核心的なメッセージが、議論の起点となった。
未来の価値を創るために──楽天が挑んだ言語改革の真意
永島が指摘した「未来の価値」を早期から追求してきたのが、楽天である。
イノベーションを起こすためには、多様な視点をもつ外国籍の人材の力が欠かせない。楽天は、その基盤づくりとして、社内公用語の英語化を断行した。
楽天の大前は、この施策が人材マネジメント上の大きな転換点であったと話す。
「2005年ごろから海外展開を加速させるなかで、経営層には『イノベーションを生み出し続けるためには、日本国内にとどまらず、世界中から優秀な人材を確保する必要がある』という使命感がありました。発表当初は社内外から賛否両論があり、当然ながら社内には大きなストレスも生じました。特に中堅層以上にとっては心理的な負担が大きく、役員会議やミーティングの場で、英語に長けた若手社員が発言力を増すなど、上下関係や存在感が逆転するケースもありました」(大前)
それでも、未来のために必要なこととして、強い意志をもって推し進めた結果、採用のスタンスは「外国籍の人材を採用する」から「必要なスキルをもつ人材を採用する」へと転換。現在、社員数はグローバル全体で約2万9,000人、うち約9,000人が海外勤務であり、本社の外国籍比率は23.6%、在籍する従業員の国籍は100を超える。英語化によってグローバル採用の基盤が整い、世界各国からAI人材をはじめとする多様な高度人材を獲得できる体制を築いた。
異文化の壁を越え、共創を導くリーダーの条件
言語や文化が異なる人々が協働するうえで最も重要な要素として挙げられたのが、目標共有とコミュニケーションのあり方である。
DJIB藤村は、多国籍なメンバーが働く現場の経験から、「共通のゴールをもち、そのゴールに向かって協力する姿勢が大切」と述べる。同社は、会社全体の理念として「One Team」を掲げている。藤村は、これが完全に根付いているかというとまだ道半ばであるとしつつ、グローバル環境では「リーダーのマインドセットが重要になる」と強調した。
「弊社では全社員のうち約15%が外国籍です。私の所属する部署にも11名の外国籍スタッフが在籍しており、上司はイギリス人。部下にもカナダ、オーストラリア、モンゴル、フランスなど、さまざまな国の出身者がいます。
こうしたグローバルな環境では、『自分にとっての当たり前』が相手にとっては当たり前ではないことが頻繁に起こります。そのときにシャットダウンせず、『なぜそう考えるのか、もう少し聞かせてほしい』と受け止める姿勢が大事です。完全に腑に落ちなくても『なるほど、そういう考えもあるのですね』と理解を示す。そうしたやりとりを積み重ねることが、チームの信頼関係を築き、結果的に成果につながると思っています」(藤村)
多様な背景をもつ人材のマネジメントについて永島は、健全な対立とリーダーの姿勢の重要性を指摘する。
「異なる価値観や文化をもつメンバーが集まれば、対立は必ず起こります。ですが、日本人は対立を止めてしまう傾向がある。これから、そこをあえて、何かが見えてくるまで対立をさせていくリーダーが必要だと思います。日本人同士であっても、考え方や背景が違えば意思疎通は難しい。むしろ対立をうまくマネジメントし、違いを前向きに活かすことがリーダーの役割だと思います」(永島)
さらに永島は、言語や文化を超えて価値観を共有するリーダーシップのあり方にも言及。単なる言葉の置き換えにとどまる「通訳」ではなく、背景にある文化や価値観を理解し、相手に届く形で伝える「翻訳」をすることが重要であると話す。
「今の世代は、国籍を問わず企業の未来やビジョンを重視する傾向があります。日本企業は『この先、どんな未来をつくるのか』というビジョンの発信が苦手です。だからこそ、共通の価値観を明文化し、共有していくことが、多様な人材をまとめ上げる鍵になると思います」(永島)
現場の組織開発 ポテンシャルを最大化する仕組みとは
前半で語られたのは、外国人材を未来の価値を生み出す経営戦略としてどう位置づけるかという「戦略」の視点。続く後半では、その戦略を現場でいかに定着・育成につなげていくかという「実践」をテーマに、国内の基幹インフラを支える2社、セイノーホールディングス(以下、セイノーHD)とゼンショーホールディングス(以下、ゼンショーHD)が登壇した。
運送事業を核とする企業グループのセイノーホールディングスは、全国に約3万人の従業員を擁し、国内物流の中核を担う企業である。ドライバー不足が深刻化するなか、外国人材の雇用と育成に積極的に取り組み、多様な人材との共創を事業成長につなげている。
一方、ゼンショーホールディングスは、「すき家」「ココス」など外食を中心とした企業グループであり、国内外に多数の店舗を展開する食のインフラを担う。国内店舗でも多数の外国籍スタッフが現場で働くため、外国人材のポテンシャル最大化に向けた組織開発の実践的な知見を語った。
外国人材との協働は、組織が硬直化を避け、進化するためのチャンスにもなる。
ただし、そのチャンスを生かすには、旧来型の日本型マネジメントからの脱却が必須となる。有識者の永島は「多様な人材を既存のやり方に無理に合わせようとすること、つまり日本人と同じような行動を求めることは、むしろ組織の可能性を狭めてしまう」と指摘する。
ゼンショーHD執行役員 グループ組織開発本部長 鈴木直行(以下、鈴木)は、永島の指摘を裏付ける自身の経験を共有。鈴木が前職の日立製作所で米国駐在していた際に所属したチームは、リーダーがトルコ系で、メンバーにはインドや南米出身など、さまざまな国籍の人材が集まっていた。
「多国籍のチームでは、日本で当たり前だった“察する”ことや、“空気を読む”といったスタイルはまったく通用せず、このままでは取り残されると強く感じました。成長意欲が高く、挑戦を恐れない人たちのなかで痛感したのは、日本人である私自身が変わらなければ、真の意味での協働は生まれないということです」(鈴木)
一方、セイノーHD専務執行役員、セイノーラストワンマイル 代表取締役社長 河合秀治(以下、河合)は、運送業という特定技能の受け入れが進む現場から、企業側の受け入れ体制の整備の重要性を強調した。
「運送業では今まさに外国人材の受け入れが始まったばかりですが、現場を見ていると、日本語能力だけでなく、企業側の教育体制や地域の受け入れ姿勢が欠かせないと感じます。相手の文化や宗教、食習慣を理解し、安心して働ける環境を整える。国籍にとらわれず、すべての社員が個々の強みを発揮できる職場をつくりたいと思っています」(河合)
同社はドライバーの役割を「ホスピタリティドライバー」と再定義。単なる運転手ではなく、高度な接客スキルを磨き、魅力あるキャリアを築ける仕事であることを打ち出し、採用のフックとして活かしている。
120%の力を引き出す「実行」のプロセス
外国人材のポテンシャルを最大限に引き出す仕組みについて、ゼンショーHD鈴木は、「制度設計に加え、現場での深いコミュニケーションも不可欠だ」と強調する。
「文化の違いを超えて互いをさらけ出し、率直に意見を交わす――そうした過程を積み重ねて初めて信頼関係が生まれ、人は120%、150%の力を発揮できるのだと思います」(鈴木)
同社では、中国出身の社員が帰国後、現地出店の立ち上げで大きく貢献するという、意図せぬ“共成長の好循環”が生まれている。これは、国内の現場で培われた多国籍人材の育成ノウハウを、海外展開という事業戦略の核へと発展させることに成功したといえる。
永島はこうした変化を、単なる人手確保(1.0)から価値創造(2.0)への進化ととらえ、今後は、この成果をタレントマネジメントの視点で把握し、事業戦略に意図的に結びつけていくことで、次のフェーズ(3.0)の段階に進むと提言。外国人材の活躍が、組織のあり方を見直す「組織開発」を牽引する力となることを示した。
本セッションを通じて明らかになったのは、外国人材の登用が、企業を内側から変える「組織開発」のプロセスそのものであるということだ。異なる文化や価値観をもつ人材との協働は、日本人従業員にも変化を促し、組織の感度と創造性を高めていく。
企業が今後取り組むべきは、3つの視点である。
第1に、採用を「未来の価値」として捉え、外国人材をイノベーションの担い手と位置づけること。第2に、文化の衝突を恐れず、「健全な対立」から新しい価値を生む場をつくること。そして第3に、個々の活躍を可視化し、「組織開発」から事業戦略(3.0)へとつなぐ仕組みを構築することだ。
外国人材の活躍を、経営そのものを更新する力として意図的に活用できるか──。そこに、日本企業の持続的な成長と社会の豊かさを左右する分岐点がある。
おおまえ・ゆか◎楽天グループ 執行役員・人事企画部 ジェネラルマネージャー。国内大手メーカーで人事としてキャリアをスタート。コンサルティング会社を経て、2011年に楽天グループに参画。人事制度設計や人事システム導入など、人事領域全般で豊富な経験を積む。現在は、楽天グループ全体で多様な人材が最大限の能力を発揮できるよう、制度と環境づくりの推進に取り組んでいる。
ふじむら・かつこ◎電通ジャパン・インターナショナルブランズ アカウントマネジメント第2本部ヴァイスプレジデント。エンターテインメント業界でプロダクトマネジャーとして経験を積んだ後、広告代理店・電通ジャパンインターナショナルブランズへ。外資系クライアントを中心に、ブランド戦略からメディアコミュニケーションまで、幅広い領域で企業の成長を支援。
かわい・しゅうじ◎セイノーホールディングス 専務執行役員、セイノーラストワンマイル 代表取締役社長。西濃運輸でトラックドライバーとしてキャリアをスタート。2011年に社内ベンチャー・ココネットを設立。24年4月よりセイノーラストワンマイル 代表取締役社長に就任。セイノーHD専務執行役員として、ラストワンマイル推進やCVC「Value Chain Innovation Fund」を統括し、新たな価値創造とイントレプレナー育成に力を注いでいる。
すずき・なおゆき◎ゼンショーホールディングス執行役員 グループ組織開発本部長。マーケティングリサーチ会社、損害保険会社を経て、2006年に日立製作所に入社。人事分野に一貫して従事し、日立アメリカ社駐在や本社人財戦略部長、グローバル人事部長などを歴任。25年4月よりゼンショーホールディングスに入社し、現職の執行役員グループ組織開発本部長として、人材戦略と組織開発をリードしている。
ながしま・ひろゆき◎中央大学客員研究員。元ニトリホールディングス人事責任者。ソニーでマーケティングに従事し、米国駐在を経てニトリへ。人事責任者として組織変革を指揮した後、レノバで執行役員CHROを務める。現在は中央大学客員研究員として「退職者の価値と関係性構築」を研究し、複数の企業で社外取締役・顧問を兼務。対話型組織開発とHRテクノロジーを軸に、関係性を基盤とした人材戦略設計を専門とする。
たにもと・ゆか◎Forbes JAPAN Web編集長。立教大学大学院社会デザイン研究所 研究員/アドバイザリーボードメンバー。『Forbes JAPAN』に2016年より参画し、22年より現職。証券会社、Bloomberg TVを経て米国でMBAを取得。日経CNBCではキャスターおよび同社初の女性コメンテーターを務め、世界のVIPを含む4,000人超ものインタビュー実績をもつ。



