起業家

2025.11.20 13:00

窓のない物置部屋から時価総額約9455億円へ、脳疾患治療に挑むバイオ医薬品企業

Axsome Therapeuticsの創業者でCEOのヘリオット・タビトー(Photo by Owen Hoffmann/Patrick McMullan via Getty Images)

Axsome Therapeuticsの創業者でCEOのヘリオット・タビトー(Photo by Owen Hoffmann/Patrick McMullan via Getty Images)

米ナスダックに上場するバイオ医薬品企業、Axsome Therapeutics(アクサム・セラピューティクス)は現在、3つの医薬品を販売しており、さらに5つの候補薬の開発を進めている。同社は、約1億5000万人の脳疾患に苦しむ米国人を支えようとしている。

VCに頼らず自己資金で創業、難易度の高い脳疾患治療にあえて挑む

ヘリオット・タビトーが2012年に創薬企業を立ち上げたとき、彼はあえて他社とは違うやり方を選んだ。まず、治療薬の開発が難しく、有効性の実証が困難な脳疾患を中心領域に据えた。そして、自身でCEOと科学主任の役割を兼務し、バイオテック投資や医学の現場で積み重ねてきた経験を総動員することにした。ベンチャーキャピタル(VC)も頼らず、自己資金と家族や友人からの支援のみで創業した。

「みんなと同じやり方をすれば、結果も同じになる。私たちは、そこから抜け出して結果を出したかった」と、57歳のタビトーはフォーブスに語った。彼がAxsome Therapeuticsについて取材を受けるのは、今回が初めてだった。

窓のない部屋から急成長、売上高は約767億円に達し時価総額も急増

Axsomeの社名は、神経細胞の細胞体から伸びる突起の1つ、axon(軸索)とsoma(細胞体)に由来する。同社は、ニューヨークのロックフェラー・センターにあった物置部屋のような窓のない3卓だけのオフィスを拠点とした創業期から、長い道のりを歩んできた。Axsomeは、今や3つの医薬品を市場に投入し、別途5つの候補薬を開発中で、うつ病やADHD、アルツハイマー病といった疾患に苦しむ推計1億5000万人の米国人を支えようとしている。6月までの12カ月の売上高は4億9500万ドル(約767億円。1ドル=155円換算)に達し、2024年同期比で70%増となった。

ただしAxsomeはまだ黒字化には至っておらず、同期間の最終損益は2億4700万ドル(約383億円)の赤字だった。

ナスダックに上場する同社の時価総額は61億ドル(約9455億円)で、タビトーは15%の持ち分とストックオプションのおかげでビリオネアとなった。彼は、現在の薬剤ポートフォリオだけでピーク時の売上が165億ドル(約2.6兆円)に到達し得ると見積もっている。実現すれば、売上高ベースで世界の製薬企業上位25社に入る規模だ。ただし、その前提となるのは、今から2028年までの間に5つの新薬が米食品医薬品局(FDA)の承認を得ることだ。これは大きなハードルで、フェーズ3試験を突破してFDAの承認プロセスに進める医薬品は全体の約25%にすぎない。

医学の道から金融業界へ転身、投資経験を生かして独自の創薬モデルを築く

ハイチで生まれたタビトーの実母は、彼と妹を育てるのに問題を抱えていた。彼は当時、「身体的にも、栄養面でも、感情面でも」あらゆる形のネグレクトを経験したと振り返るが、「その体験が私の打たれ強さを育んだ」と語る。タビトーは、9歳のときに父と養母とともにマンハッタンのアッパーイーストサイドへ移り住んだ。

コネチカット州のウェズリアン大学で分子生物学と生化学を学び、次に進んだイェール大学医学部では脳神経外科医を目指していた。しかし、指導にあたった医師たちが隠しようもなく不幸せそうに見えたことに心が揺さぶられ、医学の道を選ばず、代わりにゴールドマン・サックスのヘルスケア投資銀行部門の職を得た。タビトーはその後、バンク・オブ・アメリカ証券やヘッジファンドのHealthco/S.A.C. Capital、自身が立ち上げたファンドなどで約20年間、金融業界で過ごしてきた。

ウォール街からバイオテック業界の動向を探ったタビトーは、数千社もの創業初期の企業が成功と失敗を繰り返すのを見てきた。そして、何がうまくいき、なぜ失敗するのかについて独自の考えを育てていった。多くの企業が単一の薬に集中する中で、彼は複数の薬を抱えるポートフォリオを構築すれば、単独の失敗に左右されるリスクを減らせると気づいた。業界の慣行である「臨床試験の外部委託」を避け、社内で実施したほうが安く、成功率も高められると判断した。フェーズ3試験のコストは通常、5000万ドル(約78億円)に及ぶが、タビトーは3~5割安く実施できると考えた。

「投資家からは強い反発があった」と彼は語る。低予算で多数の試験を回せるとは信じてもらえなかったためだ。だが複数の薬を並行して進めれば、ある試験が終わった瞬間に研究チームが次の試験に取りかかれる。この仕組みが効率化を支えた。

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翻訳=上田裕資

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