「約100万ドルのウイスキーはどれくらいおいしいのか?」──こんな質問に答える立場に自分がなるとは正直思ってもいなかった。だが筆者は先日、10月10日に英国で行われた競売で総額95万ドル(約1億4600万円)相当の値が付いた2本のウイスキーを試飲する機会を得た。
9月のある夜のことだ。英ロンドンの老舗高級ホテル、クラリッジズで報道陣を招いて行われた非公式の会食に筆者は出席した。スコッチウイスキーの老舗シーバス・ブラザーズがチャリティーオークション「ディスティラーズ・ワン・オブ・ワン」へのボトル寄贈を記念して開催したものだ。その席で、招待客はまたとない体験をすることとなった。ザ・グレンリベット・スピラ60年とアベラワー53年のテイスティングである。
その時は、味わったものの価値に気づいていなかった。価格のことも頭に浮かばなかった。それを意識したのは2週間後、2本のボトルの落札価格が判明してからだ。自分が100万ドル近い超高価なウイスキーを飲んでいたと知って、無視できない疑問が湧いた。実際のところ、どのくらいおいしかったのだろうか?
価値の検証
まず明らかな点から検証を始めよう。筆者はボトル1本を丸ごと飲んだわけではない。せいぜい各銘柄20mlずつを口にしただけなので、厳密には2万6000ドル(約400万円)相当と1万3000ドル(約200万円)相当を試飲したことになる(※)。これは英国の平均的な住宅の頭金や良質な中古車1台分の価格に匹敵する。だが、それだけの「価値」は本当にあったのか。(※編集部注:競売で落札されたのはいずれも1.5Lのマグナムボトルだが、筆者は750mlの通常ボトルで計算していると思われる)
この問いに答えるには、「価値」の意味するところの何たるかを理解する必要がある。個人の感じる価値は主観的だ。しかし、ここで議論の俎上にあるウイスキーの価値についていえば、それは単にそのウイスキーを構成する要素の総和をはるかに超えたところで判断される。
価値の判断基準
私たちは物事をそれ単体で判断することはほとんどない。体験は文脈によって形づくられ、その体験が価値を生み出す。
クラリッジズの店内でくつろぎながら、数十年かけてウイスキーを育ててきた人々に囲まれて、樽の手入れ方法やウイスキーにまつわる物語に耳を傾ける──環境は素晴らしく、集う人々も魅力的で、ウイスキーは逸品だ。客観的に見ても、筆者がこれまで味わった中で最高の部類に入る体験だったといえる。



