ミンディに会長交代、非公開企業としての経営哲学
こうした成長の中で、リッチ夫妻は家庭で仕事の話をしないよう意識的に努める必要があった。2人は「釣り船にいるときは絶対に仕事の話をしない」と誓い合ったというが、「守れたのは8割くらいだった」とミンディは笑って振り返る。ボブ・ジュニアは釣りをテーマにした小説をいくつも執筆しており、2015年に出版した疎遠になった父と息子がフライフィッシング大会で再会する物語の『ルッキング・スルー・ウォーター(Looking Through Water)』は、マイケル・ダグラス主演で映画化され、2025年9月に公開された。
2021年、年商が40億ドル(約6160億円)に達した年に、ボブ・ジュニアは15年間務めた取締役会会長の座を自ら退き、後任にミンディを指名した。「シニアチェアマンという新たな立場に移ることで、ミンディが自分の個性を発揮しながらリーダーシップを取る姿を見る喜びを得られた」と彼は語る。
「困難な時期にこそ、私たちは常に率直で誠実であることを心がけてきた。それが信頼を築く助けになった」とミンディは言う。「状況が自分たちの望むほどにはバラ色でないときまで、無理にバラ色の絵を描き続けることはできない」とも語る。夫妻が一致して重視しているのは、「非公開企業であり続けること」というボブ・シニアが遺した経営理念だ。「私たちは、上場企業には得られない安定性を、継続したリーダーシップと一貫した方針を持つ非公開企業なら実現できると気づいた」とボブ・ジュニアは述べている。
家族ルールを明確化、「次期トップ」就任に慎重な姿勢のテッド・リッチ
ただし、家族が所有し続けるという信念は、将来も家族だけで経営を担わなければならないという意味ではない。リッチ家では以前から、「4人の子どものうちリッチ・プロダクツで働きたい者は、まず他社で職を得て昇進を経験してからでなければ入社できない」というルールを設けている。
後継者と目されているのは、ボブの次男で現在56歳のテッド・リッチだ。彼は1995年、26歳でリッチ・プロダクツに入社し、営業職としてキャリアをスタートさせ、現在は成長戦略責任者を務めている。しかし、同社の取締役でもあり、ファミリー評議会の議長でもあるテッドは、「次期トップ」への就任に慎重な姿勢を見せている。
「毎朝目覚めるたびに、責任の重みを感じている。自分がこの会社の一員であること、そして自分にできる範囲でリーダーシップを発揮できることが幸せだ。今後もどんな形であれ会社を支え、力を尽くしていきたい」と彼は語る。「立ち止まっていては、物事はうまくいかない。ビジネスでは、前進をやめた瞬間にすべてが止まってしまう」とテッドは続けた。
「悪い人間とは良いビジネスはできない」──大型買収を見送ったフェランティCEO
リッチ・プロダクツのCEO、リチャード・フェランティ(65)は、ボブとミンディのリーダーシップスタイルを「シンプルだが非常に力強い」と表現する。夫妻の経営哲学の1つである「悪い人間とは良いビジネスはできない」という信念に触れ、彼は数年前、その考えを痛感した出来事を振り返った。フェランティは当時、リッチ・プロダクツの事業構成を一変させ、顧客基盤を大幅に拡大する可能性のある大型買収を進めていたという。「理論上は、まさにゲームチェンジャーだった」と彼は語る。
しかし買収の最終段階で進めていたデューデリジェンスの過程で、2つの重大な問題が明らかになった。フェランティはこう振り返る。「相手企業の説明や是正計画は、法的にも規制上も要件を満たしていた。だが、何より気になったのは、顧客や評判への影響に対して誠実な関心がまるで感じられなかったことだ。その瞬間、経営陣の価値観が見えてしまった。私たちは買収後も彼らの多くを残す予定だったから、これは決定的な問題だった。あれほど大きな案件を断念するのは、難しくもあったが、同時に迷いのない選択でもあった」。
バッファローへのこだわり、地域に最後まで残る選択
リッチ・プロダクツが決して妥協しないもう1つの重要な点は、会社のロケーションだ。ボブ・ジュニアによれば、同社はこれまで何度も「温暖で魅力的な都市」への本社の移転を持ちかけられてきた。税優遇や補助金といった誘致策が提示されることも多い。だが彼に迷いはない。
「私たちはバッファローの会社だ。この地域のために戦い続ける。みんなが言うように、最後に去る者が電気を消すことになるなら、その最後の1社はきっと私たちだ」とボブ・ジュニアは語った。


