筆者がケーブル業界にいたころは、地域や地方のシステム拠点ごとに幹部社員が配置され、彼らは本社の上層部に直接声を届けられた。ケーブル会社は、彼らに免許を与える地元の政治家との関係によって成り立っており、地方政治家は実際に影響力を持っていた。だが現在では、ケーブル業界の運営も意思決定も、すべて中央集権的に統合されている。
放送業界でも事情は似ている。放送局の所有制限について業界が不満を漏らしているとはいえ、実際には数十年前よりはるかに集中が進んでいる。少し前までは、地域局ごとに技術・制作・営業の各部門が存在していたが、いまではそれらが統合された「運営ハブ」に集約され、人員削減も進んでいる。この動きは、経済合理性の面では理にかなっているが、メディア業界全体の構図の中で、いまや個々の地域コミュニティの存在感はほとんど失われてしまった。
いまや地方の政治家で、ディズニーのボブ・アイガーや他のメディア、テック業界の大物に直接会ったことがある者は、ごく少ない。ましてや、連邦議会が有効なリーダーシップを発揮しているとも言い難い。
結局のところ、こうした対立は現場や地域の実態から切り離された巨大企業同士の争いになっている。いまの時代、草の根の世論が事態を大きく動かすようなことは、もうほとんど起こらない。
巨大テックが塗り替えた勢力図
かつてケーブル大手とメディア大手が対立したときに、両者は必ずしも対等ではなかったものの、少なくとも同じ土俵で競い合っていた。
しかしいまでは、ディズニーをはじめとする伝統的メディア企業にとって、こうした争いのリスクはYouTube TVとは比較にならないほど大きい。YouTube TVの加入者は現在1000万人に達し、2026年までに米国最大のマルチチャンネル配信事業者になる可能性がある。
そしてYouTube TVはESPNに対して毎月1億ドル(約154億円)以上のチャンネル使用料を支払っており、他のディズニー系ネットワークへの支払いを含めれば、その額はさらに膨らむ。モルガン・スタンレーは、ディズニーが今回のYouTube TVとの対立で週に3000万ドル(約46億2000万円)を失っていると試算した。年商が170億ドル(約2兆6180億円)規模のESPNにとっても、1社との契約のみで年間10億ドル(約1540億円)以上の減収となるのは、きわめて大きな痛手だ。
一方で、巨大テックと伝統的メディアの規模の差は圧倒的だ。YouTube TVの親会社でグーグルの持株会社、アルファベットの年間売上高は3500億ドル(約5兆3900億円)で、時価総額は3兆ドル(約462兆円)だ。同社にとってYouTube TVの売上は重要項目とすら見なされず、決算で個別に開示されることもない。
ディズニーももちろん小さな企業とは言えず、売上高900億ドル(約13兆8600億円)、時価総額2000億ドル(約30兆8000億円)を誇るが、それでも両者はもはや同じ土俵に立っているとは言い難い。


