アジア

2025.11.22 15:00

インドならでは文化が市場の成長を牽引、地元の「婚礼用ジュエリー」店で財を築いた富豪

インド・ムンバイのカリヤン・ジュエラーズの店舗のショーケース(Photo by Indranil Aditya/NurPhoto via Getty Images)

繊維業からの転身と品質保証の導入、顧客の信頼獲得が事業拡大の原点

7人の子どもたちの長男として生まれたカリヤナラマンは、ケーララ州トリシュールで育ち、スリ・ケーララ・ヴァルマ・カレッジで商学の学士号を取得した。だが本人いわく、本当の学びは父T・K・シータラマ・アイヤルが営む小さな織物店で始まったという。彼は12歳のころから学校が休みのときに店を手伝い、カウンターに立って客を迎えていた。成長するにつれて帳簿を任されるようになり、仕事を終えた日のご褒美は、地元の食堂で食べるマサラ・ドーサ(ポテトとタマネギ入りの米粉クレープ)だった。彼がそこで学んだ最も大切な教訓は、「すべての中心にいるのは顧客だ」ということだ。

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父は息子一人ひとりにそれぞれの織物店を持たせ、カリヤナラマンにも25歳のとき自分の店を与えた。カリヤナラマンは父を手本にして、息子たちを幼いころから店に連れて行って働かせたという。「店を手伝えるのがうれしくて仕方なかった」と執行取締役の次男ラメシュは振り返る。「大学に進むころには、私たちはもう商売以外の世界を知らず、それ以外の道を考えることもなかった」。

婚礼用ジュエリーを求める顧客の声に応える大型店舗

カリヤナラマンの織物店では婚礼衣装も扱っており、客から「ジュエリーも置いていないのか」とよく尋ねられたという。その声をきっかけに、彼は1993年、当時の価値で約7万9000ドル(約1200万円)に相当する250万ルピー(約438万円)の預金に加え、借入金の500万ルピー(約875万円)を投じて新たな事業を立ち上げた。当時のジュエリーは、限られた品ぞろえの小規模な店舗で売られていたが、カリヤナラマンはまったく違うアプローチをとった。故郷に開いた1号店は広さ370平方メートルのゆとりある空間で、多彩なジュエリーを並べた大型店舗だった。

信頼を築くため、金の品質を保証するインド標準局(BIS)認証書を提供

2000年代初頭になると、カリヤナラマンは金の品質を保証するインド標準局(BIS)の認証書の提供を開始した。「信頼を築くことがすべてだった。そのために顧客に、自分たちが買っている金が確かな品質であることを証明する必要があった」と彼は語る。また、X線で金の純度を測定するカラットメーターも導入し、店頭で顧客自身が金の品質を確認できるようにした。

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2012年までに、全国展開に踏み切る準備を整える

こうした取り組みが功を奏し、店は連日多くの客でにぎわった。彼は新たに借入を行い、故郷の州内に2店舗を追加。2004年以降は事業を南インド全域へと拡大し、まず隣接するタミル・ナドゥ州に進出し、その後カルナータカ州、アーンドラ・プラデシュ州へと展開した。地方都市や農村部向けには、小型店舗チェーン「マイ・カリヤン」を立ち上げた。

そして2012年までに、カリヤナラマンは全国展開に踏み切る準備を整えた。南インド以外で最初の店舗は、西部のアーメダバードに開設。その翌年にはムンバイに進出し、同時に海外にも目を向け、インド系移民が増加したドバイに初の店舗を構えた。そして同じ年、ボリウッド俳優アミターブ・バッチャンをブランドアンバサダーに起用し、テレビCMや新聞広告、屋外広告を組み合わせた大規模なプロモーションを展開した。

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翻訳=上田裕資

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