人口9000万人の河南省鄭州、所得が低い地域への貢献から始動
サイアス大学が中国中部の鄭州市で設立されたのは、当時の政府がチェンに「上海や北京のような富裕な商業・行政都市に比べて、1人当たり所得が低い地域の発展を支援してほしい」と持ちかけたのがきっかけだった。息子と娘を持つチェンは、今も大学の外国人教員用宿舎で暮らしている。
鄭州を省都とする河南省の人口は9000万人を超え、ロシアを除くすべての欧州の国を上回る規模だ。農業と畜産業が盛んなこの省を代表する企業には、米スミスフィールド・フーズの筆頭株主であるWHグループが挙げられる。フォーブスは、同社の会長ワン・ロン(85)の資産を21億ドル(約3234億円)と推定している。
西に洛陽、東に開封という古都に挟まれた位置にある鄭州の歴史は3000年以上前の殷(商)王朝にまで遡る。鄭州では現在、商代の城壁跡の修復と再開発が進められており、観光と商業の活性化を狙っている。
チェンが手がけたサイアス大学の成功は、鄭州南部の街の姿も変えた。キャンパス周辺には「ドイツ通り」「イタリア広場」「ローマ円形劇場」といった名を冠した建物群が並んでいる。
人口600万人を超える鄭州は今や、アップルのサプライヤーとして知られる台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)が主要な製造拠点を構える都市でもある。ほかにも、フォーブス・グローバル2000に選ばれた鄭州銀行や、中国最大級の電動バスメーカーで自動運転テクノロジーを手がけるWeRide(ウィーライド)の出資元の鄭州宇通バス集団などが拠点を置いている。
AIが仕事を奪う時代に、産学連携で「AIをコントロール」できる人材を育成
学生数の多さと政府、技術革新の波に後押しされたサイアス大学は、AIの導入と企業との連携を強化している。その新たな取り組みの1つが「AI+X」で、学生たちに専攻分野でAIの複数の要素と積極的に関わることを求めている。「AI+Y」プログラムでは、副専攻としてAI関連を奨励している。
「AIは非常に強力なため、多くの仕事がAIに取って代わられるだろう」とチェンは語った。「人間は何ができるか? 人間はAIより優れ、AIをコントロールできなければならない。そのために我々は学生にAIを教えている。特にAIによって、我々はより良い学校、より良い学生になることができる」。
この取り組みの成功例の1つに挙げられるのが、北京に本社を置くiSoftStone(アイソフトストーン)との提携だ。同社は、マサチューセッツ工科大学(MIT)およびマサチューセッツ大学(UMass)を卒業したリウ・ティーウーが創業した中国最大級のITサービス企業の1つだ。時価総額は約70億ドル(約1.1兆円)、従業員数については9万人を超える。
iSoftStoneは、2019年にサイアス大学内で「デジタル技術学院」を設立し、鄭州にあった空きビル群を再生させた。現在、同社中堅・上級幹部の約100人が学生のメンターを務めており、約150人の学生が(将来の)正社員雇用へのステップとして同社でインターンとして働いている。リウは、この学院の名誉学院長を務めている。
「技術革新は人材なしでは成立しない。人材こそがデジタル産業の発展にとって最も重要な要素だ」とリウはコメントを寄せている。デジタル技術学院の目的は「人材不足」の解消であり、従来の大学教育と産業界の間にある「人材需給のミスマッチ」を埋めようとしている。大規模な人材リザーバー(貯水池)を形成し、デジタル産業のあらゆるレベルと領域に、質の高い応用力のある人材を供給することを支援しているのだ。
MITでMBAを取得し、マサチューセッツ大学で修士号を取得したリウは、チェンのことを「起業家精神を持つ教育者だ」と称え、「先見性のある教育理念を持ち、学校運営とサービスに市場志向の考え方を導入した」と評価している。また、ポップマートの創業者ワン・ニンをはじめとする優秀な卒業生たちの成功も高く評価した。
学位だけでなく、生涯学び続ける姿勢と能力を身に付けさせる
AI+Xプログラムとデジタル技術学院の両方は、生涯にわたって新しい知識を学び続けることの重要性に対するチェンの信念を体現している。チェンによれば、現在サイアス大学の卒業生の5人に1人以上が銀行業界で働いており、大学は彼らが金融業界の技術革新に対応できるよう、定期的に会合を開催しているという。
「多くを学べば、人は幸せになれる。知識が増えていくこと自体が、私たちに学ぶための道具を与えてくれる」とチェンは語った。そして、「私たちの目標は、卒業生に学位を与えるだけでなく、生涯にわたり学び続ける姿勢と能力を身に付けさせることにある」と付け加えた。この学びの精神こそが、国際情勢が変化する中においても、チェンとサイアス大学、そしてPlug and Play Chinaの活動を支えていくことになりそうだ。


