中国西部の工業都市・重慶で育ったショーン・チェンは、1970年代後半の改革開放時代の始まりの頃、教育への情熱を抱くようになった。1982年に重慶大学で理学士号を取得した彼は、米中の緊張緩和の中で渡米し、大学院で教育学を学んだ。オレゴン州のウィラメット大学でMBAを取得したチェンは、起業家精神にも目覚め、Olive Shampoo Manufacturing やMeixin Doorsなどの企業の少数株を取得した。
彼はその後、投資を続けながら自身で学校を設立することを決意し、米西海岸から帰国した。「当時、中国経済は急成長していたが、教育面では遅れをとっていた」とチェンはあるインタビューで語っていた。「多くの人が経済発展のために帰国していたが、教育が良くならなければ真の強国にはなれないと感じた。私の目標は、旧ソ連型の詰め込み教育から脱却することだった」
そして1998年、チェンは中国教育部と協力し、中国と西洋のリベラルアーツ教育を融合した先駆的な私立大学を河南省鄭州市で立ち上げた。当初は「サイアス国際学院」と呼ばれた同校は現在、「サイアス大学(鄭州西亜斯学院)」として知られ、約500人の留学生を含む約3万人の学生が在籍している。
トイメーカーPop Mart創業者の夫妻は卒業生
サイアス大学の卒業生の中で特に成功したのが、トイメーカーPop Mart(ポップマート)の創業者ワン・ニン(38)と妻リウ・ラン(37)の夫妻だ。2人は20代前半だった2010年に同社を設立して「ラブブ」のフィギュアを大ヒットさせ、現在の総資産は180億ドル(約2.8兆円。1ドル=154円換算)に上る。
現在もサイアス大学の理事長を務めるチェンは、米カンザス州政府の関係者からも高い評価を受けている。同大学はカンザス州のフォート・ヘイズ州立大学と提携し、中国で同大学の学位を取得できるプログラムを展開している。
Plug and Playと提携、米中のスタートアップを支援
チェンは、大学の仕事と並行して、米中の両国でスタートアップ支援を軸としたビジネスネットワークを築いてきた。この活動を通じてつながりを持ったのが、シリコンバレーに本社を置くインキュベーターで投資会社のPlug and Play(プラグ・アンド・プレイ)だった。
「私は米国でしばしばスタートアップ関連の交流会に参加していた。そこで出会ったのがPlug and Playの共同創業者で、PayPal(ペイパル)やDropbox(ドロップボックス)の初期投資家でもあるラヒム・アミディだった」とチェンは振り返る。
ラヒムはその後中国を訪れてサイアス大学を視察し、チェンにシリコンバレーの投資ファンド「ACベンチャーズ」への参加を持ちかけた。これをきっかけに、チェンは2011年、サイアス大学でPlug and Playとの初の提携を実現した。そして2016年、Plug and Play China(プラグ・アンド・プレイ・チャイナ)が正式に中国で事業を開始し、これまでに150社以上のスタートアップに投資している。同社は現在、北京や上海、深圳、常州、合肥、南通に拠点を構えている。
米中関係が悪化し、AI時代の「生涯学習」へと舵を切る
しかし、その後の時代の変化の中で、チェンとサイアス大学、そしてPlug and Play Chinaは、米中間の複雑な状況や、テクノロジー分野の激化する競争に直面している。鄭州のリベラルアーツ系大学として出発したサイアス大学は、中国経済の成長鈍化と米中関係の悪化を背景に、国内企業との連携を強化し、人工知能(AI)時代の学びに対応する方向へと舵を切っている。
「米中関係の冷え込みによって、Plug and Play Chinaの米国とのつながりも以前ほどではなくなった」とチェンは語る。60代を迎えた彼は現在、若き起業家だった時代には見落としていた課題──すなわち「生涯学習」──に取り組もうとしている。



