サイエンス

2025.11.11 18:00

梅毒の起源の謎と、「コロンブス交換」の波及効果

中世の梅毒の治療の様子(Shutterstock.com)

中世の梅毒の治療の様子(Shutterstock.com)

コロンブス交換」とは、1492年にクリストファー・コロンブスが南北アメリカ大陸に到達した後に生じた植物、動物、人、病原体の広範な移動のことだ。このプロセスについて考えるとき、たいていの人は、先住民を死に追いやった悲惨な病気を思い浮かべる。天然痘や麻疹(はしか)、インフルエンザ、腺ペストといったものだ。

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だが、生物の交換はたいてい、一方通行ではない──そう、貿易と同じように。生物のなかには、大西洋を東へ渡ったものもいる。そのうちの一つ、南北アメリカに起源をもつと推定されるスピロヘータ門のある細菌は、記録に残るものとしては欧州初の性感染症パンデミックを引き起こした可能性がある。つまり、梅毒だ。

梅毒の起源の謎

梅毒と呼ばれる病気が初めて欧州で爆発的に増えたのは1495年のことだ。この年、イタリアの都市ナポリを包囲していたフランス王国の兵士たちが、異様なただれ、痛みをともなう潰瘍、全身性の病変に苦しみはじめ、多くが外観を損なったり死に至ったりした。

当時の記録には、数カ月で体が腐るほど過酷な苦痛が書き残されている。ほんの数年のうちに、この病気は欧州大陸全土に広がった。だが、いったいどこから来たのだろうか? 

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『Clinical Infectious Diseases』誌で発表された研究で示されているように、歴史学者や科学者は、1世紀以上にわたり、主に2つの説の間で議論を戦わせてきた。

1. コロンブス説。この仮説によれば、梅毒は新世界に起源をもち、コロンブスの船の乗組員が1493年に帰国した際に欧州にもちこまれたとされる。

2. 先コロンブス説。この仮説によれば、梅毒の原因となる細菌は、それ以前から旧世界にずっと存在していたが、毒性が比較的低い形態だったとされる。環境もしくは遺伝子の変化により、毒性が高くなったと考えられている。

現在では、生物学的・古病理学的な証拠の大部分が、コロンブス説の方が可能性が高いことを示している。コロンブス以前のネイティブアメリカンの遺跡、とりわけカリブ海地域と南米沿岸部から出土した人骨では、風土性トレポネーマ症と結びついた骨の病変がしばしば見られる。風土性トレポネーマ症とは、梅毒と非常に近い病気のグループで、具体的は、イチゴ腫(yaws)やベジェル(bejel)といった、性的接触とは限らない身体接触による感染症だ。 

1492年以前のヨーロッパ人の遺体で、梅毒様の病状を示す説得力のある証拠がないことも、コロンブス説の可能性をいっそう強めている。

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翻訳=梅田智世/ガリレオ

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